映画のバリアフリー化をどう進めるか、字幕制作者に聞いた

記事のポイント


  1. 映画「ケイコ 目を澄ませて」がバリアフリーで上映されている
  2. 映画の音声ガイドと字幕を制作したPalabraは、映像配信のバリアフリー化に取り組む
  3. 代表の山上庄子さんは「バリアフリー化をビジネスとして成立させたい」と思いを語る

プロボクサー小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』を原案とする映画「ケイコ 目を澄ませて」が全国で公開中だ。この映画の音声ガイドと字幕を制作したPalabra(パラブラ、東京・中野)は、映画などの映像配信におけるバリアフリー化に取り組む、日本でも数少ない会社の一つだ。具体的には、映画や演劇などの字幕や音声ガイドの制作を行っている。Palabra代表の山上庄子さんに、企業創設の経緯などを聞いた。(聞き手=NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長・伊藤芳浩 )

■ 「バリアフリー化」をビジネスとして成立させたい

 Palabra代表の山上庄子さん

――Palabraはどのようなきっかけで立ち上げたのでしょうか

バリアフリー字幕や音声ガイドを、洋画につく翻訳字幕のような存在にしていきたいと思いました。そのためにはボランティアではなく、プロの制作者の育成をしていき、ビジネスとして成り立たせていかないと、本当の意味で世の中でスタンダードになっていかないと思いました。そのためには、株式会社として仕事をしていく必要があると思いました。

文化芸術の一つである映画が、観客を選ぶようなことはあってほしくないと思いました。日本で公開される洋画には必ず日本語の翻訳字幕や吹替がついた形で公開されます。同様に、聞こえない聞こえづらい方、見えない見えづらい方にとって、映画を観るために必要な字幕や音声ガイドも、同じ位置づけになっていくことが、自然な流れだと考えています。

ちなみに、社名であるPalabra(パラブラ)はスペイン語で「言葉」を意味します。人と人、人とものを繋げる一助になれればという想いでつけた名前です。

■映画好きがきっかけで作品の伝え方に関わっていくことに

――映画のバリアフリー化に取り組もうと思ったきっかけは何ですか

純粋に映画が好きだったからです。そして、その映画につける字幕や音声ガイド次第で作品の伝わり方が変わっていくと思うと責任重大な仕事だと思っています。

私たちが字幕や音声ガイドを制作する際には必ずモニター検討会という場を設けており、字幕の場合には実際に字幕ユーザーであるろう者や難聴者の方、そして映画の製作側である監督やプロデューサーに立ち会っていただきながら、内容をブラッシュアップしていきます。

字幕の質を守っていくためにとても大事にしているプロセスです。そのような作業を重ねるバリアフリー版の制作は作品にとことん向き合う仕事ですので、映画好きにはたまらない仕事だと思っています。

――モニター検討会では、どのような意見が出ることが多いですか

出てくる意見は作品によって様々です。必ずしも全てをルール化することはできず、作品ですので、やはり演出やそのシーンにこめられた意図によって、その時に入れる字幕や音声ガイドのバランスは変わっていきます。

だからこそ、検討会の中で、実際に入れてみてどのように受け取れるか当事者に確認しますし、監督やプロデューサーにとって違和感がないかも細かく聞いていきます。

モニター検討会の様子

■コスト面の課題が大きく、進まない映画のバリアフリー化

――バリアフリー字幕・音声ガイドとはどのようなもので、どこまで普及していますか

バリアフリー字幕は、聞こえない聞こえづらい方も安心して鑑賞するためのもの、音声ガイドは見えない、見えづらい方にも安心して作品鑑賞していただくためのものです。ただ、実際には聴覚視覚関係なく、多様な方に利用いただいています。

日本では年間1000本以上の映画が公開されていますが、バリアフリー字幕・音声ガイドがつくのはそのうちの1割前後と言われています。また、字幕や音声ガイドが作られるだけではなく、提供方法も大事な要素ですが、字幕上映については上映日数もかなり少ない状況のため、まだまだ課題は多いと感じます。

参考記事:字幕付き邦画は「1割」、どう増やせるか

――バリアフリー字幕・音声ガイドがつかない理由はどのようなものがあると考えていますか。

コストが一番の理由だと思います。あわせて、そもそもバリアフリー版の必要性に関して映画製作側にも十分に認知されていないこともあると思います。

――バリアフリー字幕・音声ガイドが普及するには何が必要と考えていますか

映画の予算は大手の作品から中小規模の作品まで規模が様々です。特に中小規模の作品にとってはコスト面の課題が大きいため、助成金やサポートがないと現状はなかなか大変だと思います。また、やはり業界側、観客側、双方の理解は必要だと思います。

――バリアフリー字幕・音声ガイドをつけるためには、どのぐらいの費用が発生しますか

作品の規模や内容にもよりますが、邦画の場合、制作やアプリケーション、上映素材などを合わせると100万円から200万円くらいかかることがあります。

こういった高額な費用を補うための助成金(注1)も少しずつ出てきますが、まだまだ足りていないと思います。一方で、一部の邦画配給会社はバリアフリー版の制作費も予算化して助成金なしで実施している会社もでてきています。

(注1)<<文化庁Webサイトより引用>>
聴覚及び視覚に障害を持つ方々に、より多くの映画を鑑賞していただく場を提供するため、バリアフリー字幕や音声ガイド制作に対して、実費(ただし、それぞれ100万円が上限)を交付しています。国際共同製作映画については、バリアフリー字幕や音声ガイド制作に加えて、日本映画の国内外への発信等のため、多言語字幕制作に対しても実費(上限100万円)を交付しています。これらの製作費を申請する団体は、それぞれの制作費を明記の上、交付を受けようとする助成金の額に加算して申請してください。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/eiga/seisaku_shien/faq.html#faq1-08

■字幕・音声ガイドを広く知ってもらうための取り組み

――今後、バリアフリー字幕・音声ガイドを普及するために何かやろうとしていることはありますか

まずは、字幕や音声ガイドが必要な方がいることを一般に広く知っていただく必要があると思います。一方で映画に字幕や音声ガイドがついていることをご存知ない当事者もまだまだいるので、当事者にも広く知っていただくことで、字幕や音声ガイドの利用を増やしていくことが必要だと思っています。

Palabraで2016年からリリースしているUDCastという字幕や音声ガイドを提供するアプリケーションを2022年にリニューアルし、アプリケーションの運営だけではなく情報提供や相談窓口、コミュニティ運営など、普及のための活動もスタートさせました。

――情報提供や相談窓口、コミュニティ運営など、普及活動について詳しく教えていただけますか

映画に関わらず、演劇やダンスなど少しずつですが鑑賞サポートのついている公演がでてきていますが、やはり一部の作品にしかつかないからこそ、字幕や音声ガイドのユーザーが対応している作品を探す必要があります。そこで鑑賞サポートについても検索ができるような情報ページを作りました。

あわせて、これまでも続けてきたメールマガジンやSNSでの発信、時には監督など関係者へのインタビュー記事の掲載など、作品についても興味を持っていただけるよう発信を続けています。

ユーザー同士の情報交換や交流のために、テーマごとにLINEのオープンチャットの運営も始めました。これまでは、なかなか映画館や劇場へ行く習慣のなかった当事者の方々にも興味をもっていただきたいと思いスタートさせました。

2016年から長年続けているUDCastサポートセンターは、今年度文化庁からの委託を受け、文化芸術全般の鑑賞サポート相談窓口としてパワーアップしています。日々、多くの当事者から作品鑑賞に関する相談をいただいている一方で、どのように対応したら良いのかわからないという事業者側からも相談を受けます。それに対して具体的なサポート内容を提案させていただいたりしています。

当事者、事業者、双方のお話をうかがうことで、様々な課題も見えてきましたし、それを前進させていくためにも課題を整理していきたいと思います。

――映画字幕の他、どのような配慮(情報保障)が必要と考えていますか

作品のバリアフリー化だけではなく、劇場へのアクセス、Webサイトのアクセシビリティ、問い合わせや受付、場内アナウンス、舞台挨拶など、大事なポイントはたくさんあると思いますし、多様な方に安心して映画館へ足を運んでいただくために必要なことだと思います。またエンターテイメントに特化した手話通訳の育成や普及も求められていると思います。

■アクセシビリティ関連法律の整備により、文化芸術分野が開かれたものに

――障害者差別解消法改正(注2)により、民間にも合理的配慮が必須化となりましたが、どのようなことを期待していますか

法律の影響は大きいと思いますので、事業者側の理解につながればと思います。何より、今はどうしてもバリアフリー版の制作は作品に対して「後付け」の作業(=費用や時間)という認識が強いと思いますが、それが当たり前の「前」になっていくことを期待しています。

一方で、作品が次々バリアフリー化される中で、字幕や音声ガイドユーザーの方々にも劇場に足を運んでいただきたいです。それが観客を増やすことにつながり、映画業界にとってもプラスになっていくことで、劇場が本当の意味で開かれた場になっていけばと思います。

(注2)ご参考:障害を理由とする差別の解消の推進(内閣府Webサイト)
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html

――障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法(注3)が2022年に成立しましたが、どのようなことを期待していますか

解消法とは別に「アクセシビリティ」や「コミュニケーション」という言葉が使われていることが大事な点だと思います。広く知られていくこと、そして、誰にとっても身近なことであると認識されることが第一歩だと思います。

(注3)ご参考:障害者による情報の取得利用・意思疎通に係る施策の推進(内閣府Webサイト)
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jouhousyutoku.html

――今後の目標は

文化芸術分野が本当の意味で開かれたものになってほしいと思います。そのためにも、字幕や音声ガイドがついていることは当たり前(前提)である社会を目指していきたいです。

――最後に、読者に伝えたいことはありますか

字幕や音声ガイドの普及のためにも広く知っていただくことが大事だと思っています。UDCastでは、鑑賞サポート付きの作品情報の紹介や、相談窓口、コミュニティ運営などに取り組んでいます。お時間がありましたら是非のぞいてみてください。

以下のWebサイトでは、作品情報の紹介や、鑑賞サポートなどに関する相談窓口、コミュニティなどにアクセスできます。是非ご覧ください。
https://udcast.net/

itou

伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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