ジャニー氏性加害問題:黙殺のメカニズムと日本社会の共犯性

記事のポイント


  1. BBC「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」が日本国内向けに放送
  2. 同番組は、ジャニー喜多川氏による性加害疑惑を告発した
  3. 同時に、それを黙殺する日本社会の現実を突きつける

ジャーナリストのモビーン・アザー氏は、ジャニー喜多川氏から性的虐待を受けたという人たちに話を聞いていった

BBCのドキュメンタリー番組「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」が3月18日から19日にかけて、日本国内向けに放送されている。同番組は、ジャニー喜多川氏による性加害疑惑と、それを黙殺する日本社会の現実を突きつける。元東京新聞ニューヨーク支局長でジャーナリストの北丸雄二氏に、同番組について寄稿してもらった。

英BBCに「プレデター(捕食者)」と名指しされたジャニー喜多川による性加害ドキュメンタリーの最大の衝撃は、その内容のほとんどを日本の私たちの大半がすでに知っていたという点だ。多くは「噂」の形ながら「常識だよ」という、ほぼ断言形の訳知り顔とともに。

古くは北公次の暴露本や田原俊彦の寮浴室裸体写真の写真誌掲載、99年の週刊文春キャンペーン等々、「噂」はここ数十年にわたって一定周期で蒸し返されてきたが、いずれも単一(に近い)媒体の散発的な告発の域を出なかった。

つまり「常識だよ」という物言いは、知っていてそれを許してきた、あるいは許さざるを得なかった日本社会のなんらかの事情が在るということになる。疑惑が事実だとしたら、なぜそれはカトリック教会の少年たちへの性的虐待、あるいはハリウッドの大物プロデューサー、ワインスティンの性的搾取からの#MeToo運動のようには糾弾されないのか。

誰もが指摘するのがジャニーズ事務所のメディア戦略だ。今や歌番組ばかりかバラエティからお笑い、旅番組や料理番組、報道番組までをも席巻するジャニーズ・タレントたちの総引き揚げをちらつかせれば、テレビ局ばかりか出版社や新聞社までもが批判・非難を控えることになる。

それは番組や記事の担当者の人事までをも左右し、メディア支配・官僚支配を目論むどこぞの政治権力も羨むほどだ。

男性間のグルーミングを拒絶できない「空気」

第二は男性間のグルーミング(※)に関して、日本では二つの方向からそれを拒絶できない「空気」があるという点だ。

※グルーミングとは、「毛づくろい」という意味の英語だが、性犯罪の文脈では、性的な目的で、未成年者を手なずける行為を意味する

一つは「男性たる者(強者)」は性的(=私的)な被害を公には訴えないという日本的伝統社会の男性主義的態度に加え、近代主義的な同性愛嫌悪(=恥辱、汚辱の意識)によって表立ってはなおさらに指弾できないという二重の禁句の存在だ。

もう一つは、その前者の「日本的伝統社会の男性主義」に関わることとして、記録としては平安時代から続く日本の男性社会の、形を変えた「衆道(若衆道)」「稚児」関係の受忍だ。

衆道とは、身分や立場の差、あるいは年齢差から来るそれらの差を制度とした、特定集団への加入儀礼であり、年少者側もそれを出世の手段として利用もした。

加入儀礼とは、秘めた個人間の行為に還元すればするほどその集団の紐帯を強めるものであり、一種の共犯関係として外部との遮断を強要する。

敷衍(ふえん)すればそれは、秘匿儀礼(性的行為)の如何はどんどん薄まって、現代の先輩後輩のホモソーシャル的関係性にさえ脈々と息づく。

同時にそれはまた、「男性たる者(強者)」が女性とは違い、「キズモノ」になるわけではないという神話にも支えられている。「減るものじゃなし」という物言いが象徴するように、そこでは「加害」と「被害」の「害」そのものが否定されるのだ。

かくしてジャニー喜多川の性加害疑惑は、日本独特の「そういうことはあってもしょうがない」と、#MeTooの女性たちとは事情の異なる「告訴は恥だ」意識に絡め取られて暗黙の見逃しの対象となった。

■性的加害を受忍しなければスターになれないのか

この疑惑が事実だとしたら、それはパワハラ、セクハラではないのか、罪ではないのか、という問題が最後に残る。

こう考えればわかりやすい。(疑惑が事実だとしたら)ジャニー喜多川が狙いをつけた少年たちは、「スター性を見抜く抜群の審美眼があった」と巷間評されるジャニー喜多川からの性的加害の受忍を経なければスターダムに上がれなかったのだろうか。

ここに統語矛盾がある。

ジャニー喜多川の「抜群の審美眼」によって「選ばれた」少年たちは、性的奉仕がなくとも売れただろう。なぜなら、ジャニー喜多川が「選んだ」のだから。

ということはつまり、性的奉仕の有無はスターを産むことで利益を得るジャニーズ事務所の経営とはいっさい関係ない。では「合宿所」で「これを我慢しないと売れないから」と実しやかに信じられ囁かれていたその「性的奉仕」とはいったい何だったのか。

それは(疑惑が事実だとしたら)、少年たちの夢とは無関係の、ジャニー喜多川個人の利益でしかない。それは暴利=(たとえ表面上は優しげであっても)まさに暴虐的な私利私欲、グルーミングを使った性欲の解消だ。

そして同性愛嫌悪以前の問題として、年少であるが故にそうした年長者との不同意の、あるいは不意の性的強要に衝撃を受け、それをずっとトラウマとして抱える若者が少なからず(いやたとえたった一人でも)存在するという事実は、経営上全く無意味な「性的奉仕」が、「加入儀礼」ですらない私的な「犯罪」に他ならないことを証明する。そればかりか、それを黙殺し続ける日本の商業ジャーナリズムの共犯性をも私たちに突きつけるのである。(文中敬称略)

●J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル (Predator: The Secret Scandal of J Pop)
3月18日(土) 18:10~19:00
3月19日(日) 5:10~6:00、11:10~12:00、24:10~25:00
配信方法はこちらから https://www.bbcworldnews-japan.com/watch/
※日本国内向けには、日本語字幕付き、または二カ国語で放送される。放送予定は、臨時ニュースなどにより予告なく変更する可能性がある。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #ビジネスと人権

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