世田谷区基本計画大綱、多様性を「活かす」ことまで踏み込む

小林光のエコめがね(28)■

自治体にとって基本計画とは、政策体系のうちの、最上位に立つ重要な計画である。世田谷区の場合、2023年度までの10年間をカバーするのが現行の計画で、その次の基本計画づくりのための指針が、昨年来審議会に諮られていた。

論者は、10年間在籍した同区の環境審議会で、ついこの間まで会長を務めたご縁からか、この基本計画審議会でも半年余にわたり委員を仰せつかっていた。その基本計画審議会の最終の第8回会合が去る3月29日に開催され、「基本計画大綱」として答申したので、報告しよう。

世田谷区基本計画大綱(クリックすると全文を確認できます)

この大綱では、区が目差すべき方向としては、「持続可能な未来を確保し、あらゆる世代が安心して住み続けられる世田谷を、ともにつくる」を掲げている。

環境との関係で中身を見ると、上述の基本方向に加え、計画の理念として、環境対策や気候危機による災害への対策を特別のものにするのではなく、日常生活の中に組み込む旨を定めている。

そして、基本計画を、その下にある区の実体的な政策に落とし込むに当たっての指針にも工夫があって、環境保全が福祉や教育といった分野の政策と溶け込む形で追求されるべき目標になっているSDGsを、いわば政策評価のレファレンスとして活用することを定めている。

さらに、基本計画具体化のために必須な政策に関して、脱炭素を、環境行政分野以外のあらゆる行政の中でも追求していくことや、環境行動を区民や事業者に求めるルールづくりを区として積極的に行うこと、そして、環境の恵みを体感できる機会を作り、増やしていくこと、といった基礎的な方針を定めた。

このような大綱に行きつくまでの審議では、論者は、基本計画という最上位の計画でないと担えない役割をきちんと担っていただくべく、いくつかの点を強調して意見を述べた。

例えば、上述の、必須の政策の内容3点も、環境行政分野の中に閉じ籠っていては実現できないタイプの政策である。さらに、環境を超えた分野においても、基本計画でなければ果たせない役割として、三点を主張した。

一つは、「持続可能なまち」ということである。持続可能性は、難しい概念で、ひどい時には、持続的な成長を目指すものだという間違った考えも見られる。しかし、むしろ真逆で、他の何かの犠牲の上に繫栄することは長続きできないなので、人間と自然の生態系全体を健全に維持することを通じてより良い生存をもたらそう、という考えである。

この持続可能性を確保する以上は、世田谷一人勝ちを目指すような短視眼的な発想は許されず、国内外の地域との連帯・連携を図る、地球市民、地球生物としての自治を目指す必要がある、と論者は訴えた。

二つ目は、多様性についての政策である。生態系では、多様性こそが全体の利益であるのに、人間界では、多様性の許容すらなかなか難しい。

答申案でも「多様性を尊重する」ことが理念として謳われていた。けれども、論者は、生態系に倣い、人間社会でも、認識の改善に留まるのではなく、多様性の利点を「発揮」できるようにすることを目指すべきだと言わせてもらった。

三つ目は、以上2つを踏まえれば、これまでのような縦割の寄せ集めの行政に依拠することはできず、複雑多様なシステム要素の全体、つまりは社会のエコシステムに目配りができる複眼視野の行政を進めてほしい、ということである。

例えば、SDGsに照らした政策アセスメントなどを予算付けに際して行えば、異なった政策の間でのトレード・オフならぬトレード・オンを一層発展させられるのではないだろうか。

以上のような、基本計画の在り方に係わる意見も答申にしっかり反映いただいた。自治体の経営でも、脱炭素はもちろん、一層広い持続可能性の実現や多様性の追求と活用が重要になってきたのだな、と、感慨深い。

今回の答申は、大綱に過ぎない。実際の基本計画は、さらに世田谷区の事務当局が、議会や区民と対話しながら、今年度一杯をかけて揉んだ上で策定されることになるが、良いものに仕上がってほしいと願っている。

hikaru

小林 光(東大先端科学技術研究センター研究顧問)

1949年、東京生まれ。73年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、環境庁入庁。環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任し、2011年退官。以降、慶應SFCや東大駒場、米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。社会人として、東大都市工学科修了、工学博士。上場企業の社外取締役やエコ賃貸施主として経営にも携わる

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キーワード: #生物多様性

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