ろう俳優を育て、活躍する場をつくる活動から見えてきたこと

ろう俳優を育て、活躍する場を創出する取り組みから見えてきたこと

ろうの映画監督、牧原依里さんは、「音楽」を奏でるアート・ドキュメンタリー映画「LISTEN リッスン」(2016年公開)で監督デビューを果たし、2021年には「田中家」で家族の不条理やあり方を問いかけた。現在も映画制作に取り組むかたわら、演劇や映画に携わるろう人材の育成に力を入れている。聴覚障害をテーマにしたドラマが立て続けにヒットする中、誰が、何を、どう演じ、どう作るかはマイノリティのアイデンティティにもつながる重要な問題だと指摘する。(聞き手=NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長・伊藤芳浩 )

「ろう者の私が、映画制作にかかわって気付いたこと」はこちらから

■「ろうの映画俳優が必要だ!

――ろう者の表現者を育成する「デフアクターズ・コース」をはじめた経緯を教えていただけますか。

「田中家」を撮った後、同じくろう者の映画監督で「虹色の朝が来るまで」や「ジンジャーミルク」を手掛けた今井ミカ監督と話し合って一致したのが、ろう者難聴者の俳優育成の必要性でした。

映画を撮影する際にろう者難聴者に出演していただくのですが、そのマイノリティが故に俳優をやっている人が少なく、その中からイメージに合う人を選ぶのに苦戦しました。その結果、映画で演じるのが初めてという人に出演を打診することもしばしばありました。

そうすると制作する中でその人たちの演技を育てていかなければなりません。素人だからこそできる表現を期待するという目的や演出論の上で未経験者を選ぶのは考え得ることだと思いますが、「プロのろう者の俳優がいないために未経験者を選ばなくてはならない状況」は制作者として「仕方がない」では済まされない大きな問題だと思ったのです。

また、ろう者が演技の魅力を感じ、演じてみたいと興味を持っても、その演技を学べるところはなかなかありませんでした。なぜかというと演劇を学ぶ場は聴者中心だからです。

言語が異なるため、手話通訳を依頼するにも自己負担になる場合も多い。また聴者とともに演じることの難しさもあります。聴者は声も使って演技をしますが、ろう者の場合は声は使わず手話を使う。「演技を学びたいがそういった場はないのか」という相談が何件か寄せられました。

2021年、今井ミカさん、ろう俳優の今井彰人さんとレオさんの3人が映画美学校のアクターズ・コースに入りました。映画美学校がろう者を受け入れるのは先例がなかったそうですが、協力的に受け入れてくれたそうです。

その一方で手話通訳費や手配、台本に書かれている、母語ではない日本語から日本手話への翻訳などの負担が本人にかかってしまうという課題も残ったそうです。

育成×手話×芸術プロジェクト事務局(主催:社会福祉法人トット基金)の廣川麻子さんと一緒に、3人のお話を伺って、改めてろう者として安心できる環境と、ろう者らしく演じられる土台を作る必要があるという結論に至りました。その基盤がないままだと、聴者と対等に立てないと思ったのです。

ろう者が安心して演技を学べる場を作る

そこで、映画美学校アクターズ・コース事務局と講師たちに「ろう者の表現者育成の場が作りたい」と相談をしたところ、二つ返事で協力を引き受けてくださり、実現したのが「デフアクターズ・コース」です。です。文化庁の「障害者等による文化芸術活動推進事業」として2022年に第1回を開催しました。

結果的に定員を超え、大好評のうちに終えることができました。デフアクターズ・コース第1期生同士、飲みに行ったり、悩みを分かち合ったり、仲良くやっているみたいですね。「これまで誰に相談していいか分からなかった」「同じ俳優という仲間ができてホッとする」などの声もありました。私たち監督に相談するのとはまた違う安心感があったようです。

何より、ろう者が演技に集中することができたのは大きかったと思います。特に初心者に言えることですが、聴者の講師や受講生と一緒だと、自分の演技を客観的に見つめることがとても難しくなります。

自分の中で出てきた違和感や課題などは演技力に由来するものなのか、ろう者の身体ことから来るものなのかが分かりづらいんです。それがろう者同士という同じ身体を持つ相手を通して、自分の課題に気付ける。そういった基盤がまず大事なんだということをデフアクターズ ・コースを通して実感してきました。

演技のカギはコンテクストに気づくこと

このコースで一番力を入れたのは、受講生がありのままの自分(ろう者)として、心地の良い場所を提供することでした。いわゆる心理的安全性の確保に力を入れました。ワークショップの講師は深田監督ら聴者3名、今井ミカさんらろう者4名に依頼しました。進行方法はろう者のルールを基準にし、時には事務局が聴者とろう者をつなぐ仲介者として、間に入ることもありました。

聴者の講師とろう者の受講生のやりとりを見て、コミュニケーションや思考のプロセスが全然違うことも感じました。これがコンテクストだということを、映画美学校の講師のお話を通して知りました。

例えば日本と韓国。食事の場面では、日本の場合は片手でお椀を持ちあげてもう片方でお箸を持ちますけれど、韓国の場合は片手でお箸を持ちお椀は持たない。そこで日本人が韓国の文化を踏まえた上で演じようとするのですが、台詞を言うとなると身体が日本人になってしまい、お椀を持ってしまう。

このように無意識に表れる、その人が身につけてきた習慣や身体の感覚。こうした文化や生活習慣が行動に表れるコンテクストの違いをどう扱うか、演じていくかというお話は大変参考になりました。

聴者が作った台本と、ろう者が作った台本の両方を使って演技する試みもあり、それもかなり違いが表れていて面白かったです。例えば既に聴者のコンテクストとして作られている台本をもとに、ろう者の身体と文化をベースに演じると、聴者には「どうしてそうなる?」と思う部分があるそうです。

当然ながらその逆もあり、実に興味深い時間でした。ろう者はそのコンテクストに対してどう向かい合っていくか。「コンテクスト」に気づくことが、聴者と対等に立つためのキーの1つになると感じました。

日本ろう芸術協会の設立と活動

――2023年4月に活動を開始した団体の目的と設立しようとした経緯を教えていただけますか。

前身として立ち上げた任意団体の「東京ろう映画祭実行委員会」は、映画に関する活動が中心でした。今後は映画だけではなく舞台などにも幅を広げ、「一般社団法人 日本ろう芸術協会」としました。公式サイトは準備中ですが、活動自体は2023年から本格的に始めています。

設立の目的は主に3つです。1つ目は「ろう」や「手話」のテーマで作品を作る際に聴者の世界とろう者の世界をつなげる窓口の役割。2つ目は、ろう芸術にかかわる当事者の実演家の育成及び環境整備。3つ目は、ろう国際芸術祭の運営です。

さまざまな海外のろう芸術を日本で紹介・展示し、私がイタリアで経験したように、ろう者のロールモデルやろう芸術の最先端を共有する場所を提供したいと考えています。

――「当事者による表象」についてどう思いますか。

例えばアメリカの場合は人種のサラダボウルと呼ばれているように、多種多様な民族がその地に集まっている。それ故に様々な運動が展開されてきた背景があり、マイノリティ当事者が意見表明することも含めて、多様な意見を見聞きする、議論する機会は非常に多いと思います。

一方、日本の場合は単一民族国家の影響か、意見や主張をしないのが美徳とされ、議論が少ない印象です。そのため、本来は多様な民族的・文化的な背景を有する人々が暮らしている現状に対して、「背景も文化も全て同じ日本人」と捉え、相手が自分が異なる見方や世界を持っていること、相手の環世界から生まれる表現の強度について知らない人たちが多いように思います。

その結果、マジョリティがマイノリティを演じるという状況を引き起こしているように思いました。

その状況はある意味、芸術が進化する可能性を潰している。なぜなら、ろう者が聴者の体を再現できないように、聴者もろう者の身体を完全に再現することは不可能なのですから。そこに「当事者による表象」の重要性があると思っています。

またろう者たちが「手話」が文化搾取という形で利用されているのかもしれないということに気づく必要もあると思います。例えば「手話歌」もその一つです。手話歌はろう文化ではなく聴文化から生まれたものです。

そして、それらはろう者コミュニティに還元されず、その聴者に利益が入っていく。手話やろうをテーマにした仕事をするならその利益の10%をろう者コミュニティに税金として納めてくださいと言いたいくらいです。

そうしたらその税金で、ろう者がこのマジョリティの中で生きていくために必要な手話通訳者の育成や手話通訳費の助成にあてられ、ろう者の生活の質を高められます。

――現状として、ろう俳優に期待することは?

私は、キャスティングで大事なのは、演じる前までの過程だと思っています。ろう当事者の俳優を起用するまでには、さまざまな努力が必要になるでしょう。ろう者に演じてほしいと考える人が増えつつあるのは嬉しいことですし、その期待に応えられるよう、ろう俳優が活躍する場を作り、提供し、育てていく必要があると思っています。また、当然ながらろう俳優も、「ろう者」だからを超えて「あなた」だからこそキャスティングしたいと言われるように、真剣に演技に取り組んでいく姿勢が望まれます。

――今の課題は何でしょうか。

①聴者たちがろう者とは何なのかを知らない
②聴者がろう芸術を見る機会が少ない、共有する場が少ない
③ろう芸術の発展 – ろう者が演劇などを学ぶ場所の環境整備 の3点ですね。

――今後の目標を教えてください。

最終的には手話やろう者をテーマにした映画作品や舞台作品などの制作陣に、手話監修といった立場ではなく、ろう者スタッフや俳優たちが聴者と対等な立場で関わっている状況にしたい。それが最終的な目標です。

デフアクターズ・コース2023(ろう者・難聴者の俳優養成講座)が2023年11月-12月に開講されます。関心のある方は是非ともご応募ください。

■デフアクターズ・コース2023の詳細

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伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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