3400億円市場を切り開く「胃袋を満たさない農業」とは

記事のポイント


  1. 農業は作物の生産だけでなく、生物多様性の保全など「多面的機能」を持つ
  2. 農業の多面的機能に対応した農業ビジネスの市場規模は約3400億円に及ぶ
  3. マイファームの西辻一真社長は、「胃袋を満たさない農業」を提案した

農業は作物の生産だけでなく、国土・景観・生物多様性の保全や介護や福祉への効果など「多面的機能」を持つ。この領域は、検証データが少なく、2005年ごろまで定量的に分析できていなかった。データが増えたことで今年に入り民間の調査会社が初めて市場規模を推計し、約3400億円(2021年度)と公表した。この市場の開拓を狙うのが京都市にあるマイファームだ。西辻一真社長は、「胃袋を満たさない農業」を提案した。(聞き手・オルタナS編集長=池田 真隆)

自分の手で耕し、育て、食べる「自産自消」の社会を目指すマイファームの西辻社長

――農業の「多面的機能」とは何ですか。

耕作した畑の土壌には、雨水を一時的に貯留する働きがあるので、農地は洪水を防止する役割を果たします。多様な生き物の生息地にもなります。美しい田園風景が形成されるので、心身のリフレッシュにも貢献します。

農村で農業を継続して行うことで、暮らしに『恩恵』をもたらす。農水省はこの恩恵を「多面的機能」と呼ぶ

このような効果を農業の多面的機能と言います。米や野菜などを生産するだけが農業の役割ではないのです。

これらの多面的機能に対応した農業ビジネスの市場規模に関しては、データが少なく2005年ごろまで定量的に分析できていなかったのです。それが、2023年に矢野経済研究所が市場規模を推計しました。

異業種参入企業における2021年度の農業ビジネスの市場規模は1043億9800万円、 同年度のガーデニング・家庭菜園の市場規模は2396億円です。これらを合わせて、約3400億円です。

2020年の農業総産出額が約8.9兆円(農林水産政策研究所「我が国の食料消費の将来推計」)なので、すでに全体の0.5%を占めています。先進国では人口が頭打ちになり、農業に求める役割が食糧の生産から、「胃袋を満たさない農業」に変化していくと考えています。胃袋を満たさない農業こそ、多面的機能を価値に変えることができます。

「旧態依然のままでいることが日本農業の最大の課題」

――「胃袋を満たさない農業」とは何ですか。

土地の力を利用して、植物や作物を栽培し、人の心と身体を支える仕事を、「胃袋を満たさない農業」と定義づけました。

単に作物を食べてもらうのではなく、収穫体験や生産者との交流を通して、満足してもらう。生産だけでなく、販売や加工、観光などにも取り組む農業です。

目に見えなかった農業の価値をきちんとサービス化して提供することが求められているということを、農家は理解しなければいけないと思います。人や地球の健康を考え、栽培することも重要です。

ですが、胃袋を満たせば何でもよいという考え方に留まっている農家が多いことは事実です。むしろ、世の中の変化に対応しなくても、補助金に頼ることで続けられたことが、農業界が一向に変わらない要因でもあります。農業に求めるものが変わっているのに、旧態依然のままでいることが日本農業の最大の課題なのです。

しかし、新型コロナの感染拡大で飲食店向けの流通が厳しくなり、ウクライナ戦争も農家に大きな影響を与えました。「今のままではいけない」と危機感を持った農家がじわりと増えています。

特に、酪農業の倒産は過去10年で最多を記録しました。個人農家も激減しています。複合経営を行う会社に就職するケースが増えてきています。農業の総生産額はそこまで変わりませんが、内訳は変わっているのです。

――「胃袋を満たさない農業」に取り組む農家はどれくらいいますか。

それでも、個人農家も入れて農家全体の5%程度でしょう。

――どう増やしていきますか。

2011年から新規就農希望者向けに農業技術や経営などを教える「アグリイノベーション大学校」を関東と関西で運営してきました。卒業生は累計で2000人以上いますが、半数の1000人が「胃袋を満たさない農業」を理解した上で農業に取り組んでいます。

自社農園で農薬不使用の「食べられるバラ」を栽培し、食品や化粧品の企画・販売まで行う起業家やスーパー銭湯の店主をやめて地域貢献型の農作物を販売する方、日本のお米の価値に気付き、シンガポールでおむすび屋を経営する方など多彩な卒業生を輩出してきました。

人数的に見ると、農家に占める割合はわずかですが、ゼロではありません。まだわずかですが、この数が増え、活躍する人が増えると「胃袋を満たさない農業」」に取り組もうと思う農家も増えていくはずです。

2023年度のアグリイノベーション大学校の受講生たち

――アグリイノベーション大学校ではどのように教えていますか。

特徴は3つあります。一つ目は、「通いやすさ」を追求したことです。年間を通して講座を開くのですが、土日に開くので働きながらでも通うことができます。私たちはこれを「週末農業」と名付けています。関東と関西で行っていますが、遠方に住む方向けにオンラインでも受けることができます。

農業へのかかわり方は多様です。そのため、新規就農を希望する人向けのコースだけでなく、農業ビジネスに取り組みたい方、もしくはライフスタイルの一部に農業を取り入れたい方向けのコースもあります。

アグリイノベーション大学校の入った方は、どのような農業人生を送りたいか、「マイプラン」を考えてもらいます。ただし、このマイプランを入学前からしっかり決めている人はわずか2割です。多くの人が、どのように農業にかかわるか分からないまま入学します。年齢も20~60代と幅広いです。

二つ目の特徴は、農に関する「総合力」を身に着けられることです。農業に必要な要素をすべてバランスよく学べるようにカリキュラムを設計しました。

有機農業の原理原則を軸に、農業技術の基礎から応用はもちろん、就農を目指すための基礎知識も教えます。

技術だけでなく、生産・流通・販売・アグリビジネスといった農業経営に関する講義もあります。「農」を起点に、社会・地域の課題解決を考えるカリキュラムも人気です。

講師も最先端の農業技術や農業経営を行うプロの農家を厳選しています。彼らは成功も失敗も隠さずにさらけ出して話してくれます。このような講演は、成功体験だけを話すことが多いのですが、環境要因が異なるので一般化しづらく、再現性がないことがあります。

ですが、失敗経験は参考になります。講師が失敗経験を含めて何でも話すので、より実践的な技術を学べます。

正直に言うと、もし資本を増やしたいと考えるのであれば他の産業に行くべきだと思っています。アグリイノベーション大学校で何が学べるのか、一言で表すと、自然リスクを理解し、対応する力です。

地球沸騰化時代に農業にかかわる場合、自然の流れをしっかりと読み解き、迅速に対応できる力を身に着けておくことは必要不可欠です。アグリイノベーション大学校では、このスキルを学ぶことができます。

そして、最後の特徴が、「卒業後の手厚いサポートで」す。起業サポートや新規就農支援、ライフスタイルにどう農を取り入れていくのか、マイファームが提案します。

起業を考えている人には、営農計画書や新規事業計画書の添削、事業の立ち上げや販路開拓の支援、助成金の活用などについてもフォローアップします。

新規就農支援として、マイファームが持つ農地情報データからマッチする公的な機関での農地を借りる手続き方法や過去事例について紹介します。さらに、全国に2000人を超す卒業生とのネットワークもあります。

――日本の農業界をどう変えていきたいですか。

業界をどうしていきたいというよりも、食や農に対する価値を改め、もっと大切にする社会にしていきたいと考えています。その結果として農業界も良くなります。

農に対する価値を軽んじてしまった背景の一つに「食の欧米化」があります。経済成長のため、関税を引き下げたことが大きいのですが、それが原因で日本の食文化や日本の作物に対する意識が希薄化してしまいました。

一方で、行き過ぎた資本主義によって取得格差が広がってきたので、日本の食や農に関心のある人でさえ、安い商品を選ぶようになってしまいました。このことには、大きな危機感を持っています。

アグリイノベーション大学校では、自分で育てて、自分で食べる「自産自消」ができる社会を目指します。身体の健康だけでなく、自然と触れ合うことでメンタルヘルスにも一役買います。

アグリイノベーション大学校では、2023年度秋季開講コースの受講を9月末まで受け付け中です。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #農業

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