国連が地球負荷を加味した人間開発指数

論説コラム

PHDIを提示

時代の曲がり角、価値観の転換というのはこういうことを言うのだろう。 国連開発計画(UNDP)はこのほど、人間開発報告書2020年版(日本語版)を公表したが、各国の寿命、教育、所得の水準の達成度に注目した、生活の豊かさを表す従来の人間開発指数(Human Development Index=HDI)に加え、開発が地球に及ぼす負荷についても分析し、これを加味した「地球圧力調整済み人間開発指数」(Planetary pressures-adjusted Human Development Index=PHDI)を開発した。これまで社会・経済的発展を議論する場合、その方法論や効果ばかりに焦点が当てられてきた。しかし、開発という行為自体が地球へ圧力、負荷をかけ、温暖化や感染症の蔓延などを引き起こしている危機的な現状を前に、新たな価値、視点を提示したものとみられる。

人間開発と人新世

人間開発報告書は経済学者のマーバブ・ウル・ハク博士(パキスタン)、ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン氏(インド)らの協力を得て1990年から毎年刊行されており、その時々に、ジェンダー平等、人間の安全保障など時代の一歩先を読んだテーマを積極的に取り上げ、国際社会に新たな視点を提供してきた。 今回は30周年の記念版となったが、テーマは「新しいフロンティアへー人間開発と人新世(じんしんせい=アントロポセン)」。人間はかつては巨大な自然に挑み、それを克服するのに知恵をしぼってきたが、今やその力は過度に強大になり地球に圧力、負荷をかけて壊すまでになりつつある。それが気候変動や新型コロナ(covid-19)など新たな感染症を引き起こし、同時に貧困、差別など不平等、不均衡に拍車をかけている。

コロナも地球負荷の反映

報告書の表紙はオレンジがかった赤。地球の危機を表すアラートの色に見える。動物や樹木が、人間と地球の複雑なつながり、関係性を伝えるデザインとなっている。人類の地球環境への悪影響が顕著になってきたため、地質時代の年代区分のうち最も新しい時代である完新世から近代だけを切り離し、人新世と呼ぶ。こうした時代に、この人類は地球とともに滅ぶのか、あるいは、地球への圧力を軽減する措置を取り共存する道を探るのか、報告書はわれわれに問うているようだ。

UNDPのシュタイナー総裁は報告書の冒頭のあいさつで、2020年は新型コロナが長い影を落とす暗い年だったと前置きして、「科学者は何年も前から、人間が地球という惑星に及ぼしている圧力の反映として、動物から人へと感染する人畜共通病原体の増大を指摘し、このような世界的大流行(パンデミック)の発生について、予め警告を発していた」と述べている。

また、こうした危機感を背景に、「地球が人新世という、まったく新しい時代を生き抜き、繁栄を遂げるために私たちは人間と地球が運命共同体であることに配慮する必要がある」と強い調子で訴えている。 PHDIはどういう計算ではじき出すのか? 地球への負荷として各国の一人当たり二酸化炭素排出量と、同じく一人当たりの、ある国の消費を満たすために必要とされる物質的採取量であるマテリアル・フットプリントをカウントし、この指数をHDIからマイナスする。実現された開発分野の達成度から地球環境に及ぼした悪影響を引き算するわけである。

HDIトップのノルウェーは15位下落に

harada_katsuhiro

原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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