ネイチャーポジティブ視点は新たなビジネスチャンスになる

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記事のポイント


  1. 2025年7月に環境省が「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ」を公表した
  2. 自然を「守る」だけではなく、「増やす」ことが求められる
  3. さまざまな業界で、ネイチャーポジティブ視点の新たなビジネスチャンスが広がる

2025年7月に環境省は「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)」を公表した。これからは単に自然を「守る」だけではなく、自然を増やしていく方向へと、転換していくことが求められている。こうしたネイチャーポジティブの視点で見れば、第1次産業に限らず、さまざまな業界で新たなビジネスチャンスが広がっていく。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

自然を「守る」だけでなく「増やす」ことが求められている

「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ」とは

2025年7月31日に環境省が「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025–2030年)」を公表しました。

2024年3月に、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省合同で策定された「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を踏まえ、2030年に向けた国の施策の方向性と、企業・金融機関・投資家・消費者・自治体など幅広いステークホルダーに期待されるアクションを具体的に示したものです。

環境省としてもかなり力を入れてまとめた重要な文書です。私も検討委員として議論に関わった立場から、この文書の意味を解説してみたいと思います。

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■自然を「増やす」経済への転換が求められる

人間の生活も経済活動も、すべて自然に依存しています。しかし私たちは自然を破壊し続け、このままでは経済活動すら持続不可能になりかねません。

この危機感を受け、2022年の生物多様性COP15(第15回生物多様性条約締約国会議)で「昆明・モントリオール生物多様性世界枠組(GBF)」が合意され、2030年までに生物多様性の損失を反転させることが国際的に約束されました。

これを実現するには、単に「自然を守る」では不十分です。「自然を壊さない → 守る → 増やす」とベクトルを180度転換する必要があります。

この発想の転換を経済全体に組み込むのが「ネイチャーポジティブ経済(NPE)」です。経済活動が広がれば自然も回復する、そんな仕組みをつくることが求められています。

今回のロードマップは、そのための具体的な行程を描いたものです。きわめて大きな方向転換と言っていいでしょう。

ロードマップには、2025年までに先進的な企業や金融機関が動き出し、2026~28年には地域や中小企業も巻き込んでランドスケープアプローチ(地域全体で協力して自然と経済の両立を目指す手法)が本格化し、2029~30年には社会全体に浸透していく、という段階的な行程が描かれています。

そのために重要な視点として、

  • ネイチャーポジティブな地域づくりで企業と地域の価値が向上していること
  • ネイチャーポジティブ経営の実践拡大と深化に向けた自然資本価値の可視化や情報開示を促進すること
  • 自然関連領域の国際ルールメイキングや国際競争力強化を行うこと

が挙げられています。

2番目と3番目の視点はどちらかというと政策上のものですので、企業としてはそのように整備されていく環境を活用しながら、実際にどうネイチャーポジティブに関わりながら、地域と自社の価値を上げていくかが一番のテーマになります。

■ネイチャーポジティブは地域に根差したビジネスチャンスに

現在、日本企業の関心はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に集まっています。これは確かに重要ですが、あくまで「開示」であり、最初の一歩にすぎません。その先には、実際にどのようなネイチャーポジティブ・ビジネスを展開するかが問われます。

その可能性は、自然と直接関わる一次産業に限りません。農林水産業はもちろん、ツーリズム、飲食・食品、伝統工芸など地域に根差したビジネスには多くのチャンスがあります。

ただし従来のやり方では自然を痛めつける側面もありました。ポテンシャルが大きいからこそ、慎重な方向転換が必要です。

都市部にも可能性は広がっています。欧州では都市の生物多様性を復活させる政策が進んでいます。単純な緑化ではなく、都市住民のウェルビーイング向上や気候災害から暮らしを保護するなど、自然に明確な意味を持たせることが重要です。

よく、「ネイチャー(生物多様性)の問題は地域ごとに条件が違うので難しい」と言われます。それは事実ですが、私は逆に、多様な価値と多様な可能性がある証拠だと考えます。

カーボン(気候変動)のような一律の数値管理ではなく、それぞれの地域や企業が独自の強みを活かせるのです。大資本でなくても、小さな地域や企業にも十分にチャンスがあることに注目して欲しいと思います。また、「何もない」と住民が嘆く場所にこそ、実は豊かな自然資本が眠っているのです。

■政府の本気度と企業への期待

今回のロードマップは、環境省が本気でネイチャーポジティブ経済への移行を推進しようとしていることを示しています。

データ整備、自然資本の価値評価、プラットフォームやアライアンス構築など、環境省が単独で実施できる施策がしっかりと盛り込まれており、そのうちいくつかはすでに具体的な取り組みが始まろうとしています。 他省庁との調整が必要な課題は残っているものの、これまでにない規模で行政支援が期待できる状況です。

とはいえ「企業価値と地域価値を同時に高める」具体的な道筋はまだ模索段階にあります。上述のように地域企業や一部業種には可能性が見え始めていますが、すべての企業に共通の答えがあるわけではありません。ここからは私たち自身が成功モデルを創り出す番です。

NPEへの移行は、単なる政策目標ではなく、企業にとって大きなビジネスチャンスです。新しい事業や市場を切り開き、企業価値を高めながら地域資源の価値も引き出す。そのような未来を、私たちは自らの手で創り上げていかなければなりません。

まだ「大本命」となるモデルは存在していません。だからこそ、いま行動する企業には先行者利益があります。私はその挑戦を皆さんと共にし、具体的な成功事例を一緒に創りたいと考えています。ぜひ、この大きな流れを自社の未来に活かす一歩を踏み出してください。

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)523(2025年9月8日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。

adachinaoki

足立 直樹(サステナブル経営アドバイザー)

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。国立環境研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)で基礎研究に従事後、2002年に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人 日本エシカル推進協議会(JEI)理事・副会長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー等を務める。

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