記事のポイント
- 米パタゴニア社はこのほど、同社初のインパクトレポートを発行した
- 同社はサステナビリティの先進的企業として極めて特別な存在だ
- 同社がレポートを通して私たちに投げかけたメッセージを紐解く
米パタゴニア社は、サステナビリティの文脈で極めて特別かつ先進的な企業だ。同社は2025年11月、同社として初となるインパクトレポートを発行した。そのレポートのタイトルは「進行中(ワーク・イン・プログレス)」だ。同社がレポートを通して、私たちに投げかけるメッセージを紐解く。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

■「私たちの取り組みに持続可能なものなど何一つない」
2025年11月に米パタゴニア社が発行した、同社初のインパクトレポートを「Work in Progress(進行中)」を読みました。
パタゴニアは、サステナビリティの文脈では極めて特別な存在です。数々の先進的な取り組みを行い、多くの企業がベンチマークとしてきました。一方で、「あれはパタゴニアだからできる」「真似はできない特別な会社だ」という距離の置かれ方をしてきたのも事実でしょう。
しかし、このレポートを読んで強く感じたのは、パタゴニアが特別なのは、取り組みが先進的だからでも、徹底しているからでもないということでした。そして、パタゴニアは「優等生」になることや、自身を差別化することを目的としているわけでもありません。そうではなく、企業であること自体が内包する矛盾を、真正面から引き受けている。その姿勢こそが誠実であり、結果として特別なのだということでした。
パタゴニアはこう断言します。「私たちの取り組みに、持続可能なものなど何一つない」。
通常の企業のサステナビリティレポートは、「どれだけ改善したか」「どれだけ貢献したか」を示すことに力点が置かれます。温室効果ガス排出量の削減率、再生可能エネルギー比率、認証取得数。そこには前進の物語が並びます。
しかしパタゴニアは、まったく逆の事実から語り始めます。どれほど努力しても、製品をつくり、売る限り、地球から資源を奪い、環境に負荷を与えている。その意味で、パタゴニアの存在や活動そのものがパラドクスなのだと、ライアン・ゲラートCEOは語ります。
■カーボン・ニュートラルを放棄した理由に触れる
このレポートで掲げられている五つの目標も印象的です。
しかし注目すべきは、その多くがいまだ達成されていないという事実を、率直に示している点です。
特に象徴的なのが、カーボン・ニュートラルが未達だということです。パタゴニアのような企業であれば、カーボン・ニュートラルなど朝飯前だろうと、誰もが思うでしょう。実際、すでにオフィスや施設で使用する電力の98%は再生可能エネルギーです。
しかし、パタゴニアはこの目標を自ら放棄しました。
なぜか。
多くの企業がオフセットによって「ニュートラル」を達成する中、パタゴニアはそれでは不十分だと判断したのです。計算上は相殺できても、地球上では確かにCO2が排出されている。それをなかったことにはできない、という判断です。
そして代わりに、2040年までにバリューチェーン全体でネットゼロを達成するという、はるかに厳しい目標を自らに課しました。
■PFASを使わない選択は2006年から着手した
一方で、PFAS(有機フッ素化合物、いわゆる「永遠の化学物質」)については、2025年に意図的な使用ゼロを達成しました。
これは偶然の成果ではありません。
2006年、まだほとんど問題視されていなかった段階から、「将来必ず問題になる」と考え、使わない選択を始めていたのです。
法律で求められる前に、自ら制約を課す。この覚悟と時間軸の長さは、通常の企業行動とはまったく異なります。 日本でPFASが問題視されるようになったのは、この数年、しかも土壌汚染の文脈がほとんどです。
■アパレルも新品を売ることを前提としない
中古品「Worn Wear」の販売や修理を推奨する姿勢も同じです。
新品を売ることを前提としないアパレルビジネス。普通に考えれば、自分たちの成長を自ら抑える行為です。
それでもパタゴニアは、長く使うことを勧めます。
■レポート「Work in Progress」に込めた思いとは
こうした取り組みを進めれば進めるほど、次の問題が見えてくる。まるで玉ねぎの皮を剥くたびに、また新しい層が現れるように、「完成形」はありません。
だからこそ、このレポートは「Work in Progress(進行中)」なのです。完璧ではない。むしろ失敗も多い。それでも、引き返さずに実験を続ける。
パタゴニアの共同創業者マリンダ・シュイナード氏は、この50年間を「責任ある事業の実験」だと表現します。それが機能することは証明できたので、次の実験は、企業と資本主義そのものを変えることだと言います。
■次なる実験は「企業と資本主義そのものを変えること」
実際、創業者イヴォン・シュイナード氏は2022年に、大きな「変革」を行いました。パタゴニアの株式を二つの組織に委ねたのです。
議決権のある株式はすべてパタゴニア・パーパス信託に託され、企業の存在意義と価値観が守られる仕組みがつくられました。一方、議決権のない株式から生まれる利益は、すべて自然保護のために使われるようにもしました。
「地球が私たちの唯一の株主」という言葉を、比喩ではなく制度として実装したのです。株式会社という枠組みを使いながら、目的だけ見事にすり替えてしまったと言えるでしょう。
「それはパタゴニアだから、イヴォン・シュイナードだからできたのだ」そんな声が聞こえてきそうです。
しかし、私たちは今の経済や企業のあり方を、あまりにも「当たり前」だと信じすぎてはいないでしょうか。
■パタゴニアが投げかける「問い」
ビジネスは人の生活を良くするためのものだ。これは誰も否定しません。であれば、そのビジネスの結果、私たちの生活を根本で支える地球が壊れていくというのは、明らかな矛盾です。
「利益が少なくなる選択肢は無理」なのではなく、地球を破壊する選択肢の方が、よっぽど「無理」なのではないでしょうか。
50年続いたパタゴニアの実験は、それ以外のやり方があり得ることを、すでに現実として示しています。特別なのはパタゴニアではありません。むしろ、なるべく多く稼がなくてはいけないと、私たちが疑わずに信じてきた「常識」の方が、特別だったのかもしれません。
私たちの仕事もまだまだ「進行中」ですが、この一年の私たちの仕事が、地球と社会をほんの少しでも良くしたであろうことを、一緒に喜びたいと思います。本当にお疲れさまでした。そしてお一人おひとりが、楽しい休暇と、素晴らしい新年を迎えられることを、心からお祈りしています。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)530(2025年12月22日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。



