象たちの「造反有理」こころざしの譜(14)

作家
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「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(14)

 朝早くから、工場横には夏の光を浴びて長い列ができていた。大人もいるが、目をクリっとさせた登校前の元気な子どもたちの姿が目立つ。みんな背負った籠から何かを取り出し、それを従業員が総出で順番に大事そうに受け取っている。
「ハイ、1個、10ルピーで買い取っているよ。坊やは3個だから30ルピーだね。ありがとう。次の女の子、うわぁ沢山あるね。10個か、すごい。頑張ったね」
 買い取っているのは象の糞である。1個が日本円にして6円。安いが、元手要らずだから子どもにとってはいい小遣い稼ぎである。
 工場を運営しているNPOの代表理事、松本大空は事務所から、この風景を満足げに眺めていた。松本が東南アジアのこの国にやって来たのはちょうど1年前だ。ペットボトルが無造作に捨てられていると聞いて、資源ごみとして集めポリエステル繊維として再生しようと考えたのだ。日本では当たり前のリサイクルだが、ここではまだ誰も手をつけていなかった。ところが、甘かった。理由はわからないが、ペットボトルがまったく集まらなかったのだ。よそ者を信用していないのか、国民性なのか今だにわからない。
 そんな時、思いついたのがバナナ・ペーパーだった。アフリカのザンビアなどでNPOが生産し始めているが、バナナの茎の繊維を使って紙を作るのだ。日本では想像しにくいが、途上国では紙は輸入品で貴重だ。伝統的に、草、藁、竹などいろんな植物を材料に紙を作ってきた歴史がある。松本も村の物知り博士、ナヤナばあさんの知恵を借りて、バナナの皮を使った紙の生産に取り組むことにした。耐久性もあり、試験的に導入した小学校でも好評だった。
 ある日、ナヤナばあさんから町はずれにある動物園へ誘われた。片隅に「小象の孤児院」があった。片足を失くしたり、背中の傷が化膿したりのたくさんの負傷した子象が寝転がっている。飼育係が「これは人間と象の戦争の後遺症さ」と吐き捨てるように言った。「ジャングルの開発で行き場を失った象がエサを求めて里まで降りて来るんだ。農作物を荒らすものだから村人が怒って棒で殴ったりする。象も黙っちゃいない。そんな対立がエスカレートして、象が反乱をおこしやがったんだ、ちょっと前に」。
「農民は猟銃まで持ち出しよって。そりゃあ、ひどいもんじゃった」。ナヤナばあさんの顔は青ざめていた。何頭もの象が撃ち殺され、村人にも死傷者が出た。孤児院にいるのは親を殺され、自分もケガをおった小象なのだ。かつては平和に暮らしていただろうに、何ということだろう。アブラヤシ・プランテーションの拡大で野生の象が生息地を追われているという話を聞いたことがあるが、この村ではもっとひどいことになっている。農民と象が直接殺し合っているのだ。
 ナヤナばあさんがつぶやいた。「象は悪くない。被害者じゃ。実はな、ワシにひとつ考えがある。この村に伝わる伝統技術なんだが、象の糞で紙が作れる。マツモト、あんたは紙を生産しようとしているよな。どうだね、村を助けると思って協力してくれんか。象さんペーパーを作って原料の糞が売れるようになったら農民も象をいじめなくなるんじゃないかえ」。
 調べてみると、確かにそういう技術は残っているようだ。椰子の葉やココナッツが好物である象の糞は繊維の塊だ。松本はナヤナばあさんに手伝ってもらいながら奇妙な紙の生産にトライした。まず、象の糞をボイルして殺菌をしっかり行う。残った繊維をパルプ状にくだき、後は和紙を作る要領できれいに一枚ずつ紙に漉いていくのだ。

「象の糞、買います」
 こんな広告を村役場に張りだした時は大騒ぎになった。チラシを各戸に配り地元の新聞にも載せてもらった。象が金を生む、というわけで、目の敵にされることは減った。もちろん胡散臭いという目で見る大人もいたが、子どもは正直だ。エサを与えて、せっせと糞を集めるようになった。
 糞がどんどん集まる。紙の生産も順調だったが、問題は需要がそれほど伸びないことだった。何とか、販路を村の外にも拡大しなくてはと知恵を絞っていたところ、思いがけなく、村長から電話が入った。
「これは、もう、えらいこっちゃ、マツモト」
「村長さん、落ち着いてください。一体どうしたんです。そんなに興奮しちゃって」
「これが興奮せずにいられるかって。あの紙な、象さんペーパーのことだけど、新聞を読んだ首相官邸のお役人が、興味を持ってな。すぐに見本を持って来い、だとよ」
「ひょっとして、政府で使ってくれるんですかね」
「いやあ、それがな、、、」と村長は声をひそめた。「首相が近く訪米するんだが、いい土産がなくて頭を痛めているって」。

「なるほど、象さんペーパーをお土産にするということですか。米国人は、動物愛護に関心が強いからね」

 その日、松本たちは、村役場に詰めかけCNNの画面を見つめていた。米国大統領とこの国の首相がホワイトハウスで記者会見をするところだ。大統領がレターセットを手に持ち、嬉しそうに話し始めた。
「首相が御国から持ってきてくれた、このレターセットは普通の紙ではありません。象の糞で作った紙です」
 記者席がざわついたのが画面でもわかった。大統領が続けた。
「この象さんペーパーのおかげで人間と象の共存が可能になりました。世界平和を目指すわれわれにとっても、貴重な示唆を与えてくれる紙です。封筒の方は、レター用の紙に比べるとキメが荒いように見えます。先ほどその理由をお尋ねしました。首相、よければ、もう一度、ご説明を願えませんか」
 首相がにこやかに応じた。
「その紙は高齢の象の糞です。歯がないのでエサをうまく噛みこなせず繊維が荒いままなのです」
 首相は最高のビジネスマンだった。象さんペーパーは米国だけでなく世界のメディアに掲載され、この村に引き合いが殺到した。村人は大喜びだ。レターセットだけでなく、本になり、雑誌になり、ポスターになった。その記事やモデルに子象たちが沢山、登場した。もちろんナヤナばあさんも。工場は拡張され従業員は100人を超えた。
 小象の孤児院のコーナーは今では閉鎖され、かつてそんなものが存在したことさえ忘れられようとしている。

(完)

作家
日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2018年2月13日(火)16:01

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