アメリカ軍によるベネズエラ攻撃は、世界の何を変えたのか

記事のポイント


  1. 2026年1月2日、米トランプ政権が、ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束した
  2. 国連では、主権侵害と国際法違反との非難が相次ぐ
  3. ベネズエラの政権交代にとどまらない、今回の事件の重さを考える

2026年1月2日、米トランプ政権が、南米ベネズエラで軍事行動を起こし、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。国連では、主権侵害と国際法違反だという非難が相次ぎ、グテーレス国連事務総長も「地域不安定化への懸念」と、大国による武力行使が安易に「前例化」することへの強い危機感を表明した。ベネズエラの政権交代という点にとどまらないこの事件の重さを考える。(地理学・世界観分析家・瀧波一誠)

マドゥロ大統領(左)と妻シリア・フローレス氏

■中南米の危機が世界秩序を問う

2026年1月初旬、アメリカはベネズエラにおいて電撃的な軍事行動を実施し、ニコラス・マドゥロ大統領とシリア・フローレス氏を拘束、アメリカ本土へ移送しました。

アメリカ国務省と司法省はこれを「戦争」ではなく、2020年に起訴済みの麻薬テロ容疑に基づく「長年の法執行の完遂」だと位置づけています。

しかし国連では、主権侵害と国際法違反だという非難が相次ぎ、グテーレス国連事務総長も「地域不安定化への懸念」と、大国による武力行使が安易に「前例化」することへの強い危機感を表明しました。

この事件の重さは、ベネズエラの政権交代という一点にとどまりません。今回の事態で世界が問われているのは、もっと根源的な「『悪い政権』」を、誰が、どの手続きで、どの力によって裁くのか」という点です。

そして、この問いが直結すると思われるのが、ウクライナ戦争や台湾海峡のように「力による現状変更」をめぐって対立が先鋭化、或いは既に軍事衝突が発生している場面です。

このことから、今回の事態はベネズエラという単なる南米一国の話ではなく、国連設立後、紆余曲折を辿りながらも何とか維持されてきた既存の国際秩序がまだ機能するのかを試す、「破壊試験のテストケース」になってしまった点が大きな問題と言えます。

■「法執行」の論理VS「主権」の論理

まず、法的・軍事的な論点を整理します。

1.アメリカの論理:「正義の追求」と「自衛の拡張」

アメリカ側の説明の論拠は、「マドゥロ政権中枢は国家機能を悪用した麻薬カルテル(カルテル・デ・ロス・ソレス)であり、2020年に米司法省が懸賞金を懸けて起訴している。今回の作戦は他国への侵略ではなく、国際的な組織犯罪に対する警察権の行使である」という点です。

さらに、アメリカは国連安保理において、麻薬の流入や難民による国境危機を「アメリカに対するハイブリッド攻撃」と定義し、それに対する自衛措置という正当性にも言及しています。

2.国連・国際社会の論理:「主権絶対」と「手続きの欠如」

これに対する反論は、たとえ相手が犯罪者として訴追されていても、同意なく他国の領域で武力を行使し首脳を拘束することは、国連憲章第2条4項(武力不行使原則)への重大な侵害であるというものです。

国際法上、例外とされる「安保理決議」も「急迫不正の侵害に対する自衛権」も今回は成立し難い状況です。

多くの国は、マドゥロ政権の実態を知りつつも、「手続きの破壊」がもたらす無秩序を恐れています。

「大国が法を無視し始めたら、中小国には生き残る術がない」というリアリズムが、非難の背後にあるのです。

■「独裁を倒した」の主張が一部で支持されるわけ

では、なぜ明らかな主権侵害であるにもかかわらず、「独裁を倒した」という主張が西側諸国の一部で支持されるのでしょうか。

ポイントは、ベネズエラ政治の「正統性が認められづらい状況が続いた」という現実にあります。

決定的だったのは、2024年の大統領選挙です。

野党統一候補エドムンド・ゴンザレス氏が優勢と見られていましたが、選管は詳細な結果を公開しないままマドゥロ氏の勝利を宣言しました。

2024年大統領選での各自治体別選挙結果。赤がマドゥロ氏、青がゴンザレス氏。選挙管理委員会発表のものではなく、Comando Con Venezuelaという野党系政治プラットフォームによる集計結果

それに反発する大規模な抗議活動も展開されました。

米NGOのカーターセンターや国連専門家パネルは「国際的な民主的選挙の基準を満たしていない」と断定しました。

これにより、ベネズエラには法的・政治的な「二重の真実」がもたらされました。

国連の代表権を持ち、実効支配しているのはマドゥロ政権であるという「国際法上の真実」と、 国民の意思に基づかない統治が行われており、政権の正統性は欠如しているという「民主主義上の真実」です。

この乖離が極限まで広がった結果、外部(アメリカ)からは「正統性を欠く政権に対しては、通常の主権尊重義務は適用されない」という発想が生まれ、それが今回の軍事行動へとつながったのです。

マドゥロ氏の勝利とする選挙結果に反発する抗議活動の様子

■世界最大の埋蔵量が招く「地理と化学の罠」

ベネズエラを襲っている経済的な悲劇(ハイパーインフレ)、そしてアメリカとベネズエラの致命的な対立構造を理解するには、地理と化学の知識が不可欠です。

よく「世界最大の埋蔵量を持つのに、なぜ貧しいのか」と問われますが、それはベネズエラの石油が、中東のような「サラサラと湧き出る油」とは全く別物だからです。

1.オリノコ・ベルトの「超重質油」という現実

ベネズエラの石油埋蔵量の大部分は、オリノコ川北岸の広大な帯状の地域(Faja Petrolífera del Orinoco)に眠っています。

青線で囲んだ地域がオリノコ・ベルト

ここの原油は、API比重(石油が水と比較してどれだけ重いか軽いかを示す尺度。重油ほど低い)が10度未満の超重質油で、常温ではアスファルトのようにドロドロで流動性がありません。これは通称「オリノコタール」とも呼ばれています。

さらに硫黄分(3.5〜4%)や重金属(バナジウム、ニッケル)を多く含んでおり、そのままでは通常の製油所に入れることすらできません。

2. アキレス腱としての「ホセ工業団地(Complejo José)」

この「黒い泥」を商品にするため、ベネズエラは巨大な化学プロセスを構築しました。

・希釈(Dilution)
地下から汲み上げた直後の原油は粘度が高すぎてパイプラインを流れません。そのため、輸入した「ナフサ(希釈剤)」を注入し、無理やり流動性を持たせて輸送します。

改質(Upgrading)
パイプラインで北へ約200km、カリブ海沿岸の「ホセ・アントニオ・アンソアテギ工業団地(通称:ホセ工業団地)」まで運びます。

ここには、「ペトロピア(Petropiar)」「ペトロモノガス(Petromonagas)」などと呼ばれる巨大なアップグレーダー(改質装置)が並んでいます。

ここで熱と触媒を使い、重質油を「シン・クルード(合成原油)」に化学変換して初めて、輸出が可能になります。

3. 制裁が止めたのは「油」ではなく「循環」

アメリカの制裁が致命的だったのは、単に「原油を買わない」こと以上に、「ナフサの輸出禁止」と「アップグレーダー部品の供給停止」を行った点です。

ナフサが来なければ、オリノコの油井では原油がパイプの中で固まり、物理的に採掘不能になります。アップグレーダーが故障すれば、在庫タンクが満杯になり、生産を止めざるを得なくなります。

つまり、ベネズエラは「石油があるから豊か」なのではなく、「高度な技術と輸入希釈剤という『生命維持装置』が動いて初めて、産油国として成立する」という極めて脆弱な構造だったのです。

マドゥロ政権による国営石油会社・PDVSAからの技術者追放は、この生命維持装置のメンテナンス能力を自ら破壊する行為でした。

今回の軍事介入後も、荒廃したホセ工業団地の設備群と、詰まってしまったパイプライン網を復旧させない限り、世界最大の埋蔵量がベネズエラ経済に貢献することはないのです。

■アメリカとベネズエラ、絡み合う4つの対立軸

アメリカとベネズエラの関係は、「民主主義vs独裁」という単純な図式では語りきれません。そこには少なくとも4つの地政学的なレイヤーが存在します。

1. エネルギー安全保障の裏庭

地理的に近いベネズエラは、長年、アメリカにとって戦略的なエネルギー供給源でした。

特にアメリカのメキシコ湾岸にある製油所(CITGOなど)は、まさにベネズエラの重質油を処理するために設計されています。両国の経済は、政治的対立とは裏腹に強く結合していたのです。

2.イデオロギー対立と「米州の連帯」

ベネズエラのウゴ・チャベス大統領(~2013年)以降の「21世紀の社会主義」は、キューバ、ニカラグア、そしてロシアや中国と結びつき、アメリカの「裏庭」と称されてきた南米における安全保障上の脅威とみなされました。

3.移民という「圧力」

近年、最大の政治課題となったのが移民です。経済崩壊により約800万人が国外へ脱出し、その多くがアメリカを目指しました。

これはアメリカの内政を直撃する問題であり、「根本原因(マドゥロ政権)を取り除かなければ移民は止まらない」という強硬論の土壌となりました。

4.麻薬と犯罪国家(Narco-State)

米国はマドゥロ政権を、コロンビアの反政府ゲリラ等と結託してコカインを米国へ送る「麻薬組織」と認定しています。今回の作戦が「法執行」とされた根拠はここにありますが、政治的敵対者を犯罪者化する「ローフェア(法による戦争)」の側面も否めません。

米国にとってベネズエラは、単なる外交問題ではなく、エネルギー・治安・国境管理が絡み合った「アメリカにおける内政問題の延長」だったからこそ、今回のような「例外的な手段」が選ばれたと言えます。

■国際社会の反応は「目的」と「手段」のジレンマ

国際社会の反応は、一枚岩ではありません。

1. ラテンアメリカ:「主権」の防波堤

ブラジルやコロンビアなどの中南米諸国は、アメリカの軍事介入に猛反発しました。「アメリカ軍のブーツが南米の土を踏む」ことは、歴史的なトラウマを呼び覚ますからです。

2. 欧州・G7:「目的」と「手段」のジレンマ

欧州や日本を含むG7諸国は、「マドゥロは正統ではない(目的は共有)」と言いながらも、「だからといって武力で拘束してよい(手段の拒否)とは言えない」というそれぞれの主張の板挟みになっています。

これは曖昧さではなく、国際秩序の維持コストを理解しているがゆえの慎重さからくるものです。

■ウクライナと台湾へ波及する「正当化の論理」

この事件がウクライナ戦争や台湾問題に与える影響は、物理的な戦力の移動以上に、「ナラティブ(語り口)の変容」という形で現れる可能性があります。

1. 権威主義国による「ミラーリング(鏡映し)」戦略

ロシアは直ちに、「アメリカも自国の安全保障(麻薬・移民)のために、国連決議なしで他国に侵攻し政権を転覆させた」と宣伝するでしょう。

「西側の言う『国際法』とは、結局自分たちの都合の良い時にだけ使う道具に過ぎない」という主張が、グローバル・サウスの一部で説得力を増す可能性があります。

2. 台湾有事における「法の悪用」

台湾海峡においても、中国が将来的に武力行使を行う際、「これは戦争ではなく、分離主義者に対する国内法の執行(警察権の行使)である」と主張するリスクが高まります。

今回のアメリカの論理は、主権国家間の戦争というハードルを下げ、「法執行」という名の軍事行動を正当化する前例となる可能性もあります。

■日本への影響: エネルギーと「法の支配」

日本への影響は、短期的な邦人保護や中南米リスクの上昇にとどまりません。

最も深刻なのは、日本が生存基盤としている「法の支配に基づく国際秩序」が毀損することです。日本は自前の軍事力だけでなく、「力による現状変更は許されない」という国際規範を安全保障の盾としています。

もし世界が「大義があれば手続きを無視してよい」というパワー・ポリティクスに回帰すれば、憲法上の制約を持つ日本は極めて不利な立場に置かれます。

アメリカの行動を是認すれば「法の支配」という看板に傷がつき、批判すれば同盟の結束が揺らぐ。 日本外交は、かつてないほどの難路を歩むことになります。

■これは「例外」か「前例」か

ベネズエラ危機には、確かに「独裁政権は倒れるべきだ」という強い道徳的直感が働きます。

しかし、国際秩序は「悪人を倒せばハッピーエンド」という勧善懲悪のドラマではありません。倒し方がルールを壊せば、その破片は世界中に飛び散り、次の紛争の火種になります。

今回の事件が世界に突きつけた問いは、結局、「正統性を欠く政権に対して、外部勢力は『実力』を行使してよいのか。そのトリガーを引く権限は誰が持つのか」に集約します。

その答えが曖昧なままなら、次の危機は「より巧妙な言い訳」を伴って起こるでしょう。

ベネズエラは、オリノコの「黒い泥」が生んだ悲劇であると同時に、国際秩序の自己矛盾が露呈した場所でもあります。

今後の焦点は、「マドゥロが倒れたか」ではなく、「倒した後に、壊れたルールの信頼をどう修復するか」に移っています。

ここを失敗すれば、戦術的な勝利は短く、戦略的な代償は長く続くことになるでしょう。

※この記事は、執筆者のnote「The Geography Lens/まいにち地理News」の記事「アメリカ軍によるベネズエラ攻撃は、世界の何を変えたのか?」をオルタナ編集部にて一部編集したものです。

瀧波一誠

瀧波 一誠

World-Building Analyst(世界観分析家)。「地理とは生存戦略の記録である」を信条に、自然環境や社会環境が経済・文化などに与える影響を研究し、世界を見る解像度が上がる、楽しい「実学としての地理」を発信。現代の国際情勢を論理的に読み解き、課題解決に向けた地理的視点の提言を行う一方、執筆、講演、企業研修、ビジネスパーソン向け教養講座などを通じ、現代社会を生き抜く武器としての「実学としての地理」の普及に努めている。(社)日本地域地理研究所理事長。私立高講師、地理監修、防災士。早稲田大学教育学部卒。著書に『ゼロから学び直す知らないことだらけの日本地理』

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