記事のポイント
- 昨今、従業員のウェルビーイング向上に力を入れる企業は多い
- そうした企業に、「子どもの権利」の視点を組み入れる提案もある
- 子どもの権利とビジネス研究会を設立した日本総研の専門家に話を聞いた
昨今、「ウェルビーイング」への注目が高まり、従業員のウェルビーイング向上を自社の持続的成長につなげたいと考える企業も多い。日本総合研究所(東京・品川)は、従業員の仕事観やウェルビーイングに、子どもとの関係がもたらす影響の調査などを実施した。「子どもの権利の視点から考えると、企業はもっと従業員のウェルビーイングを高められる」と話す同社創発戦略センターの村上芽チーフスペシャリストに話を聞いた。(聞き手・オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

村上芽(むらかみ・めぐむ)
日本総合研究所・創発戦略センター チーフスペシャリスト 未来社会価値研究所長
京都大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て、2003年に日本総研入社。2010年から創発戦略センター所属。専門分野はESG企業調査、SDGs、子どもの権利とビジネス。著書『図解 SDGs入門』『少子化する世界』、共著『サステナビリティ人材育成の教科書』『日経文庫 SDGs入門』などのほか、執筆記事に「企業が従業員の社会的ウェルビーイングに取り組む意義」などがある。
■従業員の「社会的ウェルビーイング」を高める
個人の「ウェルビーイング」は身体、精神(心)、社会との関係は三位一体であると言える。多くの企業はこれまで、待遇の改善、職場の安全衛生、メンタルヘルスを含む健康増進、ワークライフバランスの推進など、従業員のウェルビーイング向上に資する施策を行ってきた。
これら施策は、「身体的」「精神的」ウェルビーイングをある程度カバーするものだ。だが企業が本気でウェルビーイングの向上に取り組むならば、従業員の「社会的ウェルビーイング」にもっと注目して良い。
「社会的ウェルビーイング」とは社会的に満たされる状態、つまり社会の中で孤立することなく他者と良い関係を持つことができ、自分の居場所や役割を持つことのできる状態をいう。
企業が、従業員の社会的ウェルビーイングに好ましい影響を及ぼそうと考えるならば、組織で働く多様な個人が、それぞれに信頼できるネットワークを持ち、社会の中で居場所と役割を認められていると自覚できていることが重要になる。
個人の持つネットワークの中で、最も身近なものが「家族」だ。その「家族」という社会において、従業員が、働き手として生活費を入れる以上の「居場所と役割」があるか。そして仕事の中身や時間の費やし方について家族からどう見られているか。企業がこうした視点も組み入れることも、従業員の社会的ウェルビーイングを高めることにつながると考える。
多様な社会では、結婚する・しない自由、家庭を持つ・持たない自由もある。それでも従業員の家族、とりわけ子どもの視点は、企業が把握する価値があると考える。
■「子どもの権利」の視点から見える気づき
従業員の社会的ウェルビーイングを高めるために、その家族、とりわけ子どもの視点を組み入れるには、「子どもの権利」から考えるのがよい。なぜならまだまだ「取り組みが不十分」だからだ。
日本も批准した「子どもの権利」には、次の4つの一般原則がある。
- 差別の禁止(差別を受けない権利)
- 子どもの最善の利益(国や大人から子どもにとって何が最も良いことなのかを考えてもらう権利)
- 生命・生存および発達に対する権利(生きる権利・育つ権利)
- 子どもの意見の尊重(自分に影響を与えることについて、自分の意見を表しその意見が重視される権利。意見表明権)
わかりやすいのが、「生命・生存・発達の権利」だ。
子どもが命を守られ成長できるためには、子どもの親に賃金を支払うことで充足できる。しかし、子どもが成長するうえでさまざまな選択肢を得るに足りる賃金水準を企業が提供しているか、となると、「最低賃金」ではなく「生活賃金」での議論が必要であることに気づく。また、安定した働きかたになっているか、という点では、非正規雇用に依存しないビジネスモデルを作っていくことの重要性も浮き彫りになる。
また、「子どもの意見の尊重」についても、企業には介入・改善の余地がある。
例えば、子どもから見て、「親に言いたいことを言えているか」という問いに対しては、親子の時間や場の雰囲気などが影響するだろう。
時間に関しては、親(従業員)が子どもと十分対話する時間を確保できる働き方になっているかどうか、という点で、企業にも気づきがあるはずだ。
また、子どもが本当に言いたいことを言える「雰囲気」にするには、親が頭ごなしに子どもの言うことを否定してはならない。これを広く企業の視点で捉えれば、従業員(親)に対して、アンガーコントロールや、ハラスメント防止などの人権研修を施すことで、子どもの意見も尊重しなければ、という意識の醸成につながる。

(c) 日本総合研究所
■従業員の子どもは自社のステークホルダー
企業は、自社がステークホルダーに与えた影響について過小評価する向きがある。特にステークホルダーが、声を上げることのできない弱い立場であればなおさらだ。
従業員やその子どもは、企業の影響を受けていてもそれに対して声を上げにくい。欧米ではNPOやNGOが弱い立場の人の声を代弁するが、日本では、企業側が気づかない限り、なかなかそうした声は拾われない。
最近では、子どもたちが学校で「子どもの権利」を学ぶ機会も増え、それを家庭に持ち帰って、「意見表明権だ」と主張することもある。親世代の多くは、「子どもの権利」について学校教育で学んでこなかったため、子どもにそう言われてカチンとくる親もいる。「働かざる者食うべからず」とでも言わんばかりに、「権利を主張する前に義務を果たせ」と考える人もいる。
だが、「子どもの権利」は、生まれた瞬間に持つ基本的人権であり、義務とセットで語られるものではない。表明した意見は、必ずしも100%かなうものでもないが、そこは対話やコミュニケーションを通じて折り合いをつけることを学ぶ機会にすればよい。
子どもをめぐっては、子どもの自殺の増加やいじめの問題など、深刻な社会課題はある。だが、「子どもの権利とビジネス」というテーマで議論をすると、ポジティブな反応を示す企業は多い。もっと議論の土壌そのものを育てていければ、それは子どもだけでなく、親として働く従業員のウェルビーイングを高め、さらには企業の力をより強くするだろう。


.jpg)
