記事のポイント
- 環境負荷の低減を目指すサステナ経営と社員の健康経営は別々に語られることが多い
- 「プラネタリーヘルス」は、人と地球の健康を同時に設計する考え方だ
- 企業が取り入れやすい「プラネタリーヘルス経営」の具体的な施策を紹介する
医療従事者らの有志で構成する「みどりのドクターズ」は、人の健康と同時に地球環境の健全性も追求する「プラネタリーヘルス」に挑む。人間と地球環境の健康に挑む医療従事者らの「『プラネタリーヘルス』への挑戦」の連載第4弾を、みどりのドクターズのメンバーで名古屋大学医学部付属病院総合診療科の梶有貴助教に寄稿してもらった。(オルタナ編集部)
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企業において、「サステナ経営」と「健康経営」は別の部署が担当するなど、別々に設計されるケースが多い。「プラネタリーヘルス」は、人と地球の健康を同時に設計する考え方だ。企業が取り入れやすい、人にも地球にも便益のある「コベネフィット」の具体例とともに、「プラネタリーヘルス経営」の視点を提唱したい。(みどりのドクターズ・梶夕貴)

社員と地球を健康にする
連載:「プラネタリーヘルス」への挑戦(4)
「企業から考えるプラネタリーヘルス」
前回までの連載では、気候変動がすでに人間の健康に影響を与えていること、そして医療そのものも環境に負荷をかけているという現実を見てきました。今回は少し視点を変え、「企業」という立場から、人間と地球の健康をとらえなおしてみたいと思います。
■「環境」と「健康」には密接な関係性がある
私たちの活動の中で、企業のサステナビリティ担当者の方と話していると、こんな言葉をいただくことがあります。「環境施策は進めていますよ。ただ、健康との接点はあまり意識したことはなかったですね」
一方で、企業の産業医や健康管理担当者と話してみると、「健康経営は進めていますよ。でも、環境との接点は考えたこともなかったですね」という声が聞かれます。
多くの企業では、環境はサステナ部門のKPI、健康は人事・産業保健部門のKPIとして管理されています。報告ラインも評価軸も異なるため、両者が交差する機会は多くはありません。こうして「環境」と「健康」は、企業の組織設計の中で自然と分けられてきました。しかし、実際のところでは環境と健康は密接な関係性があるのではないでしょうか。
■産業医学は従業員の健康に与える職場環境を評価する
第1回の記事でみたように、私たちの健康は、個人の努力だけで決まるものではなく、住む場所、働き方、経済状況、人とのつながりといった「社会的決定要因」が健康を大きく左右します。
その中でも、「環境」は大きな影響を与える要因の一つです。暑熱環境は熱中症リスクを高め、騒音環境は難聴を増やし、長時間労働は睡眠障害やメンタルヘルスに影響を与えます。いずれも個人の問題というより、環境設計の問題といえるでしょう。
そして、従業員にとって職場は、人生の多くの時間を費やす場であり、まさに「環境」を日々作っている場所でもあります。この外部環境が健康を規定するという考えのもと、職場環境が従業員の健康に与える影響を評価・管理するのが「産業医学」という分野です。
その専門的な立場から指導・助言を行う医師が「産業医」であり、常時50人以上を雇用する事業所では産業医の専任が義務付けられています。
この「環境が健康を規定する」という考え方をさらに広げてみると、職場環境は地球環境という、より大きな外部環境の影響下にあることが見えてきます。気候変動による暑熱や災害、大気汚染などは、製造業やサービス業をはじめとしたさまざまな業種において、健康と労働の双方に影響を与えています。
暑熱の影響ひとつをとってみても、日本では一人当たり年間43時間もの潜在的な労働時間が失われているとされています。また、その労働能力の低下による潜在的な所得損失は、年間で約7~8兆円規模の経済損失に相当すると試算されています。
これは、暑熱による影響が単なる健康問題にとどまらず、経営課題にもつながり得ることを示しています。従業員の健康を守ることと環境を守ること、これらは決して無関係ではないのです。
■サステナ経営と健康経営はコラボを
企業では現在、「サステナビリティ経営」と「健康経営」という考え方があります。前者は脱炭素や生物多様性の保護などを通じて長期的な企業価値を高める戦略、後者は従業員の健康を経営資源ととらえ、生産性や組織の活性化につなげる戦略です。どちらも未来志向で、企業価値の向上を目指すという点で共通しています。
しかし、冒頭に触れたとおり、これらは実際には前者を企業のサステナビリティ部門が、後者を健康管理部門がそれぞれ独立して担当して取り組みが進められていることが多いのが現状です。健康と環境が密接に結びついているとすれば、両者のコラボレーションの可能性が見えてこないでしょうか。
■「プラネタリーヘルス経営」の具体的な設計例
ここで一つの視点として提案してみたいのが、「プラネタリーヘルス経営」という考え方です。それは、従業員の健康・ウェルビーイングと、地球環境・社会システムの健全性を、同じ設計図の上で捉えなおす試みです。どちらを優先するかではなく、両者が両立する設計を探る視点、といえるかもしれません。
具体的にはどのようなことが考えられるでしょうか。そのヒントは第2回で触れた「コベネフィット(共便益)」の考え方にあります。
例えば、
- 「徒歩/自転車通勤の支援」→「CO₂排出量の削減」+「生活習慣病の予防」に
- 「テレワークや柔軟な勤務形態」→「通勤由来での排出量の削減」+「メンタルヘルスの改善」に
- 「グリーンオフィス設計(自然光・植物導入・空調最適化)」→「省エネ」+「ストレス軽減・集中力向上」に
- 「社員食堂での植物由来中心メニューの拡充」→「環境負荷低減」+「心血管疾患リスクの低減」に
これらは単なる福利厚生でもCSR活動でもなく、人と地球を同時に健康にする設計の一例です。
これは新しい部署を作るという話ではありません。サステナビリティ部門と職場の健康管理部門が、ほんの少し視点を重ね合わせること。それだけでも、企業活動の見え方は変わるかもしれません。
■医療現場も企業も、環境と健康は切り離せない
医学の現場では、環境と健康を切り離して考えることが難しい場面が増えてきました。企業もまた、単に製品やサービスを提供する存在ではなく、働き方や生活様式を通じて、人間と地球の健康に静かに影響を与えています。
このプラネタリーヘルス経営という視点が、企業の新しい価値を見つけるきっかけになるかもしれません。
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(1)
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(2)
連載記事:「プラネタリーヘルス」への挑戦(3)

梶 有貴
医師。名古屋大学医学部附属病院総合診療科助教。公衆衛生修士。2012年筑波大学医学専門学群卒業。2022年に有志の医師とともに気候変動をはじめとする環境問題を考慮した健康・医療のあり方を考える一般社団法人「みどりのドクターズ」の立ち上げに参画。医療現場における資源の有効活用を通して、次世代の子供たちによい医療を残せるよう持続可能な医療についての発信を続けている。



