記事のポイント
- 社会課題の解決につながる「広告」とはどのようなものか
- アジア最大の広告祭ADFESTの受賞作品から共通点を探った
- そのヒントは日々の暮らしや事業活動の中にあった
アジア最大の広告祭ADFEST(2025年3月20日~22日、タイ・パタヤで開催)では、社会課題に対して、多様な立場からアプローチした事例が多くエントリーした。生活者の気付きを促す仕掛けもあれば、企業活動そのものを持続可能な構造へと転換する仕組みもあった。本稿では、「水資源」と「聴覚障がい」にアプローチした二つの受賞作を紹介し、課題解決型の広告のあり方を考察する。(サステナビリティ・プランナー=伊藤 恵)
■ジャガイモから水をうみだす「Drops of Joy」

ポテトチップスを年間50億パック生産する米レイズは、製品の製造過程で膨大な水を使用する。1kgのポテトチップスには約3リットルの水が必要だ。水資源が逼迫する中、安定した事業継続には水使用の抜本的見直しが求められた。
そこで立ち上がったのが「Drops of Joy」プロジェクト。発想の起点は、ジャガイモの80%が水分という中学校レベルの科学知識。レイズはジャガイモを「水源」と見なし、加工中に発生する蒸気を凝縮・浄化し再利用する、自立型の水回収システムを開発した。
現在、インドの2工場だけで年間1億2000万リットルの純水を生産し、CO₂排出量を4120万キログラム削減した。
製造用水の50%を自給自足でまかない、年間170万ドルのコスト削減にも成功した。自然から奪うのではなく、循環させる。このプロジェクトは、原材料と生産プロセスの再定義によって、持続可能性と収益性を同時に成立させた好例である。
この作品はSUSTAINABLE LOTUSでGRANDEなどを受賞している。
■暮らしの中で聴力検査ができる「The Ordinary Life Hearing Test」

難聴は高齢者だけでなく若年層にも増加しているが、その多くが自覚されずに放置されている。タイでは約270万人が難聴に悩み、WHOは10人に1人がリスクにさらされていると指摘する。
そんな中、聴覚障がい者の財団が打ち出したのは「日常のコンテンツ自体を聴力検査にする」という逆転の発想だ。
YouTubeやTikTokなどに登場する人気インフルエンサー30人以上と連携し、2000〜4000Hzの高音域を含む動画を制作。この音域に反応できなければ、難聴の初期症状の可能性があることを示唆する仕掛けを施した。
この結果、わずか3日で3000万回のオーガニック再生を記録した。視聴者は知らず知らずのうちに「耳のセルフチェック」を行い、聴覚の健康意識を高めた。
診断という「構え」をなくすことで、検査のハードルを下げ、早期発見につながる公共性を日常に溶け込ませた事例だ。
水資源の確保や聴覚障がいといった社会課題に対して、広告ができることは何か。今回の2作は、その問いに対して仕組みや習慣を変えるという方法で答えた。
課題の種類も、アプローチの仕方も違う。だが共通していたのは、日々の営みや企業活動の中に解決の入り口を見つけていたという点だ。そこにこそ、現実を変える力が宿る。