RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)は2025 年11 月、マレーシア・クアラルンプールで年次総会を開いた。議論の中心になったのは、小規模農家支援とRSPO 認証の拡大だ。日本に籍を置く企業として初めてRSPO に加盟したサラヤ(大阪市)も総会に出席し、活動のプレゼンや小規模農家との対話を進めた。

「世界的にパーム油の需要は増え続けている。一方で、最大生産地の一つであるボルネオでは、森林破壊が進み、野生生物は絶滅の危機に瀕している。生産者も消費者も現在のあり方には課題を感じている。だからこそ、RSPOの認知度を高め、環境と人権に配慮した生産と普及を広げることが、私たちの使命だ」
サラヤの廣岡竜也・コミュニケーション本部広報宣伝統括部統括部長は力を込める。
■生態系を守り、生産量を増やす

アブラヤシから採れるパーム油は、インスタント麺やスナック菓子などの加工食品はもちろん、石けん・洗剤や洗剤やシャンプー、化粧品など、日常生活のあらゆる場面で使われている。
パーム油は世界で最も多く消費される植物油脂で、植物油の総生産・消費量の約3分の1を占める。その理由は、圧倒的に高い生産効率にある(図参照)。他の主要な植物油に比べ、1ヘクタールあたりの年間生産量はおよそ5倍も高い。
世界の供給量の約9割は、マレーシアとインドネシアが占めている。人口増加による食品産業の拡大やバイオ燃料需要の増加によって、パーム油の需要は2050年までに現在のおよそ2倍にあたる1億5千万㌧に達する見込みだ。
一方で、プランテーション開発による森林破壊、泥炭地開発によるCO2排出、人権問題などの課題も長年指摘されてきた。国際社会やNGOによる監視は年々強まっており、パーム油産業は今まさに「転換点」にある。
「パーム油を別の作物に置き換えるべきだという声もあるが、それでは現実的な解決にはならない。アブラヤシ以上にほかの作物のプランテーションが拡大する可能性もあり、食糧との競合という問題も生じる。今すべきことは、パーム油産業を持続可能な形で発展させていくことではないか」(廣岡統括部長)
RSPOは04年、ユニリーバやWWF(世界自然保護基金)などが中心となって設立した。パーム油の生産・流通・消費にかかわる企業、NGO、金融機関などが参加する国際的なマルチステークホルダー組織だ。
サラヤは05年、日本に籍を置く企業として初めてRSPOに加盟。10年には世界初のRSPO認証パーム油を使用した商品を販売した。現在、家庭用商品でパーム油を使用しているものは100%RSPO認証マークを取得するなど、業界をリードしてきた。
現在、RSPOの会員数は6千社・団体を超え、認証取得済みのパーム油プランテーション面積は約501万ヘクタール、持続可能なパーム油の推定生産量は約1342万㌧(パーム油生産全体の約2割)に達している。
RSPOのジョセフ・D・クルーズCEOは、総会の開会式で「マレーシアとインドネシアで原生林の年間減少率がそれぞれ64%、65%減少した。森林保全への取り組みが着実に効果を上げている」と強調した。
■小規模農家が生産の4割担う

このようにRSPOは着実に進展しているものの、森林破壊は依然として続き、多くの課題が残っている。そこで重要な役割を果たすのが小規模農家だ。パーム油生産の約4割を小規模農家が担い、その数は世界で300万人以上に上るとされている。
パーム油を生産する大規模な生産者は資本力や技術を活かし、持続可能なパーム油生産に取り組み、RSPOに加盟する例が増えてきた。
しかし、小規模農家にとってRSPOの認証取得は容易ではない。マーケットの外にいるため、支援を受けにくく、収益のチャンスも少ない。RSPO総会でも、小規模農家クレジットの需要減少や、政府の開発予算削減、貿易関係の混乱など、小規模農家が直面する課題が話題となった。
小規模農家がRSPO認証を取得する上で障壁は何か。
サラヤのパートナー団体で、インドネシアで小規模農家の支援を行う Fortasbi(フォルタスビ、本部インドネシア・ボゴール)のルカイヤ・ラフィク事務局長は、「資金だけでなく、認証制度の理解というカベもある」と話す。
「認証を取得するには、まずRSPOの基準を理解しなければならない。しかし、その内容は非常に専門的で、人権や環境に関する知識も求められる。小規模農家が基準を理解できるようにサポートできるかどうかが重要だ」と続ける。

■再生型農業で収益性を上げる

サラヤはこうした小規模農家が抱える課題に着目し、17年からRSPO認証取得に向
けた支援を行っている。
そのパートナーが、社会的企業ワイルドアジア(本部マレーシア・クアラルンプール)だ。同団体は小規模農家をグループ化し、RSPO認証取得を支援する。これまでに3カ国で約4千人の小規模農家をサポートし、およそ2800人がRSPO認証を取得した。
さらに、ワイルドアジアは、認証取得を支援するにとどまらず、土壌の健康を回復し、農地環境を根本から改善することを目指し、リジェネラティブ(再生型)農業の普及も進める。
「土壌や微生物の生態を改善することで、農家は害虫や病気に強い樹木を育てることができる。その分、高価な化学肥料や農薬への依存も減らせる。その結果、収量は増え、生産コストは下がり、農業の収益性を向上させることができる」
ワイルドアジアの創設者であるレザ・アズミ・ディレクターが、こう説明する。
さらに、農家はカカオやコーヒー、ショウガなどを間作(インタークロップ)として栽培する方法を学び、収入源の多様化も図る。同団体によると、生産効率は60%向上したという。
■RSPO認証油、買って支援して

サラヤはこれまで、パーム油を巡る問題の啓発やRSPO認証の普及に力を入れてきた。
04年にボルネオの環境保全プロジェクトを開始。「サラヤ単独では、この大きな問題を解決できない。消費者の協力も必要だ」(廣岡統括部長)との思いから、07年にはヤシノミ洗剤の売上の1%(メーカー出荷額)をボルネオの環境保全活動に寄付する取り組みを開始した。
レザ・ディレクターは「サラヤは、とてもユニークで特別だ。多くの企業が実現できていない、現地との深い関係性を持っている。消費者とのコミュニケーションも工夫し、製品を通じてストーリーを伝えることに成功している。パーム油の持続可能性のモデルケースではないか」と期待する。
フォルタスビのラフィク事務局長は、サラヤの取り組みを高く評価しつつ、業界全体としては市場の後押しが十分とは言えない現状に懸念を示す。
「今、私が最も心配しているのは『市場』だ。私たちは持続可能性の取り組みを進めているが、市場はその努力を十分に評価していないように感じる。小規模農家は認証を取得し、多くのクレジットが発行されているにもかかわらず、買い手がつかない。市場が支えなければ、将来、小規模農家は認証取得を続けようとしなくなるかもしれない」
「現在、インセンティブはクレジットに依存しており、日本企業をはじめもっと多くの企業が購入して支援してほしい。消費者も、RSPOのロゴがついた商品を購入することで、小規模農家を支援できる」と呼び掛けた。

■顔の見える洗剤、日本に届けたい
サラヤはRSPO総会で、「顔の見える」洗剤づくりについてプレゼンした。さらなる持続可能なパーム油の調達とRSPOの普及拡大に向けて、生産者の思いや背景をより多くのステークホルダーに知ってもらいたいという狙いがある。
サラヤは22年、ワイルドアジアが立ち上げたプロジェクト「SPIRAL(スパイラル)」に参画。ワイルドアジアは、農園から精油所、精製所のサプライチェーンを構築し、「顔の見えるパーム油」を実現した。
しかし、「日本へ届けるには多くのハードルがあった」(サラヤの中西宣夫調査員)という。そこで三井物産がサプライチェーン構築に加わり、サラヤはマレーシアの農家・ムハラムさんが生産した油を調達することに成功した。ムハラムさんの農園は、SPIRALプログラムのもとで持続可能な方法で生産を行っている。
「ようやく、生産者と日本の消費者を直接つなぐ仕組みができた。量はまだ多くないが、この『つながり』には大きな意味がある。少しずつ増えており、買い手が広がれば、さらに大きなインパクトを生み出せるはず」(中西調査員)
レザ・ディレクターは「サラヤは、ファーストペンギン(最初の挑戦者)だ。パーム油利用者としては小規模な立場だが、持続可能性の考え方を広め、大手企業にも影響を与えている。日本企業は一般的に『誰かを追いかける』傾向があるが、サラヤは率先して行動した」と評価する。
中西調査員は「将来的にはパッケージに農家の顔写真を載せたい。サラヤはスパイラルを支援し、より多くのステークホルダーに協力を呼びかけていきたい」と意気込みを語った。
■RSPO総会で賞にノミネート
サラヤのこうした取り組みは、国内外で評価を高めている。総会では、RSPOの普及拡大に向けた表彰式が行われ、日本からはサラヤがコミュニケーション部門でノミネートされた。残念ながら受賞は逃したものの、RSPOエクセレンス賞コミュニケーション部門には、前段で登場したワイルドアジアが選ばれた。
廣岡統括部長は「RSPOエクセレンス賞コミュニケーション部門の最終候補に、我々のような日本の中小企業が選ばれたことは大変名誉なことだと思う」と語る。
「05年の加盟から20年。日本の商品者に向けたコミュニケーションが評価された結果で、賞を受賞できなかったことは残念だが、共に活動するワイルドアジアが受賞したことで、ある意味ではサラヤとしても一定の評価を得たと前向きに考えたい」
「今回の総会でも今後は『小規模農家』がキーワードになると改めて感じた。RSPOについては、色々な意見があり課題があることは我々も認識している。しかし、その課題を少しずつでも解決しながら進んでいくという点で、組織としても取り組みがされていることが確認できた今回の総会は、意義深いものだったと思う」(廣岡統括部長)



