[書評]仕事と暮らしは「自給」できる 『ナリワイをつくる』

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古民家の床の張替え、パン工房での短期集中修業、モンゴルで遊牧民の生活を見習うツアー――。これらは生活の中から編み出された小さな仕事、「ナリワイ」の一例だ。『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』(東京書籍刊、税込1404円)は、4月に刊行された『フルサトをつくる』の著者の一人、伊藤洋志氏が2012年7月に上梓。ナリワイ(生業)に取り組むことで、心身が充実し、生きる技術が身につくと説く。(オルタナ編集委員=斉藤円華)

『ナリワイをつくる』表紙

『ナリワイをつくる』表紙

現代社会で働くといえば「就職」、すなわち会社で一つの仕事に専念する、という考え方が根強い。ところが終身雇用はとうの昔に崩壊。運よく就職できても、勤め先が「ブラック企業」だったら悲劇だ。かと言っていきなり起業するのは、やはりハードルが高すぎる。

大正時代、日本には約3万5千種類もの職業があったという。当時は就職や専業のほうが特殊で、季節ごとに生業を変えたり、いろいろな仕事を組み合わせて生計を組み立てたりする働き方のほうが一般的だった。就職がメジャーになったのは戦後の高度経済成長期以降で、国を挙げて業種を絞り込んだ結果、職業の多様性もこの時に失われた、と著者は説く。

経済成長期には、就職や専業が適していた。しかし経済のパイが縮小し、企業の寿命が短くなっている今、企業に依存し、時間を切り売りして生活と健康を犠牲にする働き方のリスクは明らかだ。

一方、ナリワイは生活の中での困りごとなどをヒントに、自分の「やりたい」という意欲を原動力としながら、少ない元手で創り出すことができるという。

私たちは娯楽などの生活のニーズを消費で満たしているが、例えば床の張替えをナリワイ的に行うと、友人知人を巻き込みながらイベントとして楽しみながら取り組めて、しかも床張りの技能も体得できる。ヨリ少ない消費で生活の充実度を高められるのがナリワイのいいところだ。

就職や専業といった働き方が以前のように機能しにくくなっている今、企業に代わる依存先を探すのは健全か。他人の力を借りつつ、個々人が自力で仕事を自給するナリワイの試みは、仕事を通じた民主主義の実践と呼べるかも知れない。

2014年7月31日(木)9:00

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