海外の研究者集い「社会課題とマーケティング」議論

欧米・アジアの研究者ら集い、「社会的課題とマーケティング」を議論――企業と社会フォーラム(JFBS)第6回年次大会報告

企業と社会フォーラム(JFBS)は9月8、9日、「社会的課題とマーケティング」を統一テーマとして「JFBS第6回年次大会」(後援:日本マーケティング学会)を早稲田大学で開催しました。今回からその内容をご紹介します。

本大会には、欧米・アジアの10カ国・地域から研究者・実務家が約150人参加し、研究報告・事例報告および議論・交流を行いました。

※統一テーマの趣旨やセッション概要

キーノートスピーチにはFulvio Guarneri氏(ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング代表取締役プレジデント&CEO)とDirk Matten教授(ヨーク大学)が登壇されました。

Fulvio Guarneri 氏からは190カ国に20億人の消費者をもつ同社が、持続可能な生活環境をつくるための行動計画「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」を掲げ、消費者の意識変化と行動変化を促すマーケティングを行っていることが事例とともに報告されました。

Dirk Matten教授からは資本主義の系譜とCSRの考え方の変遷を概観した上で、政府・市民社会・企業それぞれの新しい役割について問題提起がなされました。

また、CSVが「新しい」概念であるならば企業の目的とは何かという問いを示し、多様な目的を持つ主体としての企業を考える上では新しい理論が必要であること、ステイクホルダー理論やソーシャル・イノベーション理論、社会的企業論などがその答えになりうるとの考えを示されました。

■ユニリーバ、消費者の意識・行動変化を促すマーケティング

ユニリーバは、DOVEやLUX、Liptonなど400以上のブランドをもち、190カ国で20億人の消費者を対象に食品や生活・家庭用品を製造・販売している、世界最大級の消費財メーカーです。

同社創始者は、衛生状態の悪さゆえ多くの子供たちが5歳未満で命を落としていた19世紀終盤のイギリスで「サンライト」という石鹸の製造・販売を始めました。

「サンライト」という商品が、身体や住環境を清潔にするという人々の意識変化を伴って衛生状態の改善に貢献したという歴史を持つ同社では、ブランドを通して社会的課題の解決に貢献するという創始者の想いを大切にして今日まで事業展開しています。

一方、事業展開する上では発展途上国や新興国へ大きな影響を及ぼしており、フットプリントの半分以上はこれらの国々にあるのが現状です。

いま地球上では、気候変動による極端な気象条件の変化や、予防可能な病気で死亡する子供たちの数が200万人に達していること、8億人の飢餓と12億人の肥満といった数々の喫緊の問題が起きており、こうした問題は企業のかかわりなしには解決できません。

企業は積極的に解決策を提示することが重要であり、環境と人々のニーズに応えることによって中長期的に繁栄するとの考えから、同社では「環境負荷を減らしながら売り上げを2倍に」という目標を掲げています。

この目標を達成するための戦略として2010年、「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」が打ち出されました。「すこやかな暮らし」、「環境負荷の削減」、「経済発展」の3分野について2020年までに達成するべき数値目標とアクションプランを定めています。

たとえば「すこやかな暮らし」分野では、石鹸ブランド「ライブボイ」による手洗い励行、ビューティケアブランド「ダブ」による女性の自尊心向上というように、テーマをもって消費者の意識変化を促すCMを流しています。

こうした社会的製品が消費者に好まれるようになってきており、市場の拡大や売上成長が期待されています。

「環境負荷の削減」分野では、製造工程にてCO2排出量を39%、水の使用量を37%減らすことに成功しましたが、バリューチェーンにおいては温室効果ガス6%増加(対2010年度比)や水の使用量を1%減らすにとどまったことから、今後の取り組み推進が必要です。

なお日本では2015年11月、国内事業所での使用エネルギーにつき再生可能エネルギーへの完全切り替えを達成しました。

「経済発展」分野では、同社が大きな影響力をもつパーム油、紙、大豆、紅茶に焦点を当てて持続可能な農業実現のための取り組みを進めています。たとえばLipton紅茶には国際的環境NGOレインフォレスト・アライアンスに認証された茶葉を100%使用するといった取り組みを通して、2015年末までに原材料のサステナブル調達の割合が60%に達しました(2010年度は14%)。

現在、「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」はその目標を80%以上達成しながら進展しています。

■現代企業に求められる役割を考える理論を

本大会のテーマは「社会的課題とマーケティング」となっていますが、社会的課題の解決と商品を売って利益を得るためのマーケティングは、多くの人々にとってまだ容易に結びつかない言葉です。営利企業が本当に責任ある主体になるのかどうかはまだ「謎」とされていると言ってもよいでしょう。

CSRをめぐっては、かつて研究者コミュニティの中に2つの立場がありました。1つは資本主義の搾取的性質ゆえにビジネスが社会的価値をうみだすとは認めない立場、もう1つは社会的価値をうみだすものと認める一方で資本主義システムの弊害を認めない立場です。

CSRの取り組み方にも2つあり、1つはリスクに着目し、自社の評判を高めるために企業が主体となってフィランソロピーなどの社会還元を行う「伝統的CSR」(例:ビル&メリンダ・ゲイツ財団)、もう1つは取り組みがどのような利益を生むかに着目し、市場で商品を販売して業績を上げるため企業とさまざまなステイクホルダーが協働で価値を生む「現代のCSR」(例:ユニリーバ社)です。

いまやCSRは、自発的に取り組む、フィランソロピーを越える、外部性を内部化し管理する、多様なステイクホルダーを対象とする、社会的責任・環境的責任・経済的責任を同時に果たす、といった特徴をもつものとして理解されるようになってきました。

企業がなぜCSRに取り組むのか、その理由としては、1.新商品や新市場などによる新しい収入機会、2.(環境効率のような)コスト削減、3.リスクマネジメント、4.事業活動のための操業許可(license to operate)――の4つあると議論されていますが、CSRを考えるためには資本主義の歴史をみておく必要があります。

近代社会は、資本主義と民主主義の間に生じた矛盾としての富の不平等や不安定な景気や雇用に対処してきた歴史をもちます。野放し的な経済活動により社会的格差を広げ共産主義やファシズムの台頭を促すことになったレッセフェール(第2次世界大戦までの第1段階)を経て、政府の役割を重視するケインズ主義のもと政府による市場への介入が進められました(1980年代までの第2段階)。

しかし、政府による介入が財政の肥大化や企業活力の衰退を招いたことから、政府の介入を最小限にすることや自由市場、規制緩和を求める声が強くなり「民営化された」ケインズ主義として新自由主義が台頭してきました(2009年までの第3段階)。

このころグローバル化も進み、国家だけでは社会的課題を解決できなくなってしまったことを背景に現代のCSRがうまれてきたわけです。

公的サービスの民営化や規制緩和などが進み、(気候変動やHIV、核の脅威など)グローバルレベルでの取り組みが求められる問題が増えたことで、政府は支援国家(enabling state)という新しい役割を担うことになります。

市民社会は政府が後退した分野へ進出してサービス提供したり、政府や企業の責任を問うたりする新しい役割を担っていきます。

グローバル化のもと国境を越えた活動や新市場の創出など、企業にとってより多くの商業機会がうまれる中、「政治的主体としての企業」というような新たな役割が企業に期待されるようになっていきます。こうしていま企業の目的やその理論化について新たな議論がうまれているのです。

ポーター&クラマーによるCSVの議論があります。企業は新商品や新市場、バリューチェーンの見直し、クラスター形成を通して社会との共有価値を生み出すとされ、実務者も研究者も関与し社会的課題に関する目標を戦略的レベルにもっていくことができるなどのメリットがあるとされています。

ただこの議論には、企業の目的についての新しい概念は何もなく、現在企業に向けられているニーズにこたえるには根本的リスクがあると言わざるをえません。CSRがWin-Winになるという考え方は甘く、市場次第、商品次第、制度環境次第では企業にとって単なる苦痛になってしまうこともあります。

目先のことだけ考えた短期主義的プログラムでは意味がありません。

サプライチェーンの複雑性を見えなくするだけのこともあります。またCSVはビジネスがうみだすいかなる弊害も軽減し、法律や倫理基準としてのコンプライアンスをはるかに超えるとしており、コンプライアンスに関する議論も慎重に行う必要があります。

「意識の高い資本主義」「配慮する資本主義」「中長期的な資本主義」といった幅広い議論もなされていますが、これは1940年代と同じ議論です。

これはシステムレベルの問題に、組織レベルの対応で臨もうとしていることに問題があると考えられます。

CSR研究は概して企業を中心にした、利益を増やすための機能主義的な考え方のひとつでしたから、企業と社会の両方にかかわる厳密で包括的な概念が必要なのです。

CSVはCSRにかかる議論の欠点をあぶりだすことになりました。現代の企業は経済的・法的・社会的そして政治的役割をもつハイブリッド組織です。企業は社会の統治に積極的にかかわり価値と資源の配分に参加することが求められているのです。こうした多様な目的をもつ企業に関する新たな理論が必要です。

それにはスステイクホルダー理論、ソーシャル・イノベーションや社会的企業に関する理論、統合社会契約理論、企業の政治的役割に関する理論などが答えになりうるでしょう。

上記キーノートスピーチからはじまった本大会の前日には、博士課程に在籍する学生が博士論文執筆に向けて報告・議論を行う「ドクトラル・ワークショップ」も開催されました。

優れた報告には補助金が提供されるようになった今回のドクトラル・ワークショップでは、日本だけでなくインド、インドネシア、韓国、ドイツ、ニュージーランドから報告希望があり、査読を通過した博士課程在籍学生10人が研究成果を報告しました。

本領域でトップレベルのイギリス、ニュージーランド、カナダ、日本からの研究者がこれら報告に対し学術的にコメントし、活発な議論が行われました。このようにJFBS年次大会は年々、グローバルに参加者層を広げ(特にアジア圏)かつ研究報告・事例報告が活発に行われるようになっています。

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齊藤 紀子(企業と社会フォーラム事務局)

原子力分野の国際基準等策定機関、外資系教育機関などを経て、ソーシャル・ビジネスやCSR 活動の支援・普及啓発業務に従事したのち、現職。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、千葉商科大学人間社会学部准教授。

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