僕はこうして被災地の市会議員になった:希代 準郎

作家
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「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(27) 

 ル、ル、ルと鳴り始めた瞬間、電話をガバッとひったくった春ばあさんが、「おー、そうか、そうか」と大仰にうなずきながら幸山翔真を振り返った。「最初の開票分でトップに立ったって。幸さん」。
 「やったあ」「すげえ、まさか。一番かよ」
 市議選の選挙事務所といっても、だだっ広いだけの春ばあのぼろ家だが、早くから詰めていたハチマキ姿の男たちがうちわ片手に歓声をあげた。
 東北を津波が襲った時、大学生だった幸山は東京からこの地方都市に駆けつけた。サークル仲間がここの出身で、彼の車に便乗したのだ。お寺に泊まり込み炊き出しやがれき撤去に奔走した。「災害ユートピア」という現象だと後で知ったが、皆が悲劇を乗り越えようと高揚していた。
 避難所にいた品のいい老人から声をかけられた。
 「ボランティアさんかい? 市南部の半島に生田町つう漁村があっちゃ。津波の直撃で陸の孤島になってるが、そごにおらの姉がいる。春ばあといやぁ、皆知っていっちゃ。助けてもらえんか」
 リュックにおにぎりと水を詰め、季節外れの雪をついて徒歩で生田町を目指した。「ありがとね、本当にありがとね。握り飯、皆さ分けてあげなくては」公民館の避難所で春ばあは手ぬぐいで涙をぬぐった。
 この漁師町では五十人以上が亡くなったり行方知れずだった。避難所の外壁には、顔写真入りで「じいちゃんが行方不明。見かけたら連絡を」「パパ、中学校の体育館にいるからね。連絡して」そんな手書きのビラが寒風に揺れていた。
 ふと見ると、ごつい体の若者が新しいビラを張ろうとしていた。「梅雪、どこにいる。兄ちゃんが必ず助けに行くからな、待ってろ」と読めた。
 「妹さん?」幸山が声をかけると、男は無言でこちらをにらみつけてきた。目が真っ赤だった。
 毎日のように避難所を回った。「何か手伝うことないですか」声をかけても漁師たちは「あんた東京の人だろ。そのうち帰るんだべ。自分たちで何とかすっから」と迷惑そうな顔をされるだけだった。
 道路が復旧し、大学の友人が水や毛布、衣類を持ってやってきた。村の衆は相変わらずだった。「よそ者は早く出ていけ」という中傷の手紙を投げ込まれた時にはさすがに幸山も落ち込んだ。春ばあだけは味方だった。学生の宿にと、自宅も開放してくれた。彼女の発案で、村の若者と復興について話し合いの場を持つことになった。
 「この漁村を生き返らせるためにツアーで東京から人を呼んだらどうだろう」。幸山が提案した。すぐに反対の手が上がった。あの張り紙男である。
 「ここは漁師町だ。観光で食っていけるはずがないさ」
 春ばあの言葉を思い出した。ああ、加藤正男な。あん子は頭のいい子だけんども片親で貧しいから大学さ行がなかった。可愛がっていた妹の梅雪も中学校の校舎が津波に飲み込まれて死んでしもたさ。幸さんみたいな人が羨ましいんだっちゃ。
 幸山は正男に言い返した。
 「都会にはない風景がここにはたくさんあるじゃないか。魚も新鮮だし」
 「都会モンには珍しいかもしれなさが、すぐあきるさ。よそ者が入ってくると村が壊れるわ」。正男の隣に座っていた若い衆がそう吐き捨てた。
 「だって、復興には新しい風が必要じゃないの」女子学生たちも応援してくれたが、正男が最後に立ち上がって声を震わせた。
 「おまえらに何がわかるっていうんだ。ここにはおらたちの家屋敷と家族、仕事がある。生活があるんだ。おまえら、そいだけ口を突っ込むつうなら覚悟をみせてもらおうか。どうせそのうち尻尾を巻いて逃げて帰るに決まってるさ」

 幸山は東京の大学へ戻った。四年生で就活が始まったからだ。企業を回ってもあまり熱が入らなかった。特に面接が苦手だった。
 「ほう、幸山君、震災のあった神戸の出身かね」
 「はい」
 「故郷の会社に就職しなくていいの?」
 「いえ、震災で両親は亡くなりましたから」

 覚悟を見せろよ、と言った正男の言葉が胸にわだかまっていた。秋になって大手電機メーカーから内定をもらったが、そこで働いている自分をイメージできなかった。やはり、あの街に戻ろう。そう決断して、付き合っていた広菜に打ち明けた。「花が咲いて季節の移り変わりを知り、星のシャワーを浴びながら帰路につく、そんな暮らしをしてみないか」。そう誘ったが、「何それ、ばっかみたい」とあきれられた。
 生田町に戻ったのは正月明けだった。正男の家の前に立った。「いろいろ考えて、ここへ移住することにしたんだ。よかったらウニの養殖の免許の取り方を教えてくれないか」と頭を下げた。正雄は「ほう、その覚悟がいつまで続くかな」と皮肉な笑いを浮かべた。
 幸山が生田町に移住して七年がたった。NPOを立ち上げて、不揃い野菜の販売や空き家を利用したホステル経営などに挑戦した。正男の無愛想は相変わらずだが、時々、余りものだが、と魚や野菜を差し入れてくれた。
村の居酒屋で正男に出くわしたことがある。各地の津波の最高到達点に順番に梅を植えたいと話した。「梅雪ライン」か、いい供養になるなと肩をたたいたら涙を浮かべた。二人で朝まで飲み明かした。
 広菜が村にやってきたのは二年前のことだ。東京の大手広告会社で働いていたが、「過労死は御免よ」とそのまま村に居ついてしまった。村中総出のおふるめぇで結婚を祝ってくれ、今新しい命が広菜のお腹に宿っている。
そんな時だった。唐突に春ばあが市会議員選挙に立候補しろと言ってきたのは。弟の勧めだという。避難所のあの老人、実は昔、市会議員だったのだという。津波後の市の変革には幸さんが必要だと説得され後に引けなくなった。二十歳代、しかも東京からのよそ者に票を入れる人がいるのか。不安だらけの夏の選挙戦だったが、意外なことに「頑張れ」と握手責めにあった。

 選挙事務所の入り口に顔をのぞかせた正男は後ろ手に何か持っている。
 「幸さん、ちょっと早すぎたかな」と日焼けした顔で照れ笑いしながら当選祝いの花束を差し出した。  
(完)

作家
日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2019年3月10日(日)20:15

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