ホームレス歌人は何者か (希代 準郎)

作家

◆「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(41)

 「この記事、なかなか読ませるじゃないか、大輔。部屋の広さは3畳しかないのか。狭いなあ」
 横浜の「ドヤ街」と呼ばれる日雇い労働者の簡易宿泊所ルポを朝刊用に書いた大輔に社会部長が声をかけてきた。「それにしても記事に出てくるインテリ男は気になるなあ」
 強い日差しを避けながら取材で炊き出しの列に並んだ時、隣にいた髭面の男が大学ノートに細かい字でなにか書いていた。のぞくと短歌がびっしり並んでいる。声をかけようとしたら逃げるように離れていった。意外感があったので、このインテリ男を記事に登場させたのだ。
 若い女性から手紙が届いたのはそれから間もなくのことだった。「インテリ男は行方不明の兄かもしれません」。横井百合と名乗ったその女性は、10年ほど前、消息を絶った兄、横井宏和を探しているという。百合は黄ばんだ新聞を取り出し、歌壇の投稿欄を指さした。

 秋伊豆と三原の山の裏砂漠 果てぬ夢追い港の粥啜る 浅沼和宏

「私たち兄妹は伊豆大島の出身なの。三原山にはよく登ったし裏砂漠もなじみの場所だわ。港の炊き出しのことを詠んでいることから詠み手は横浜のホームレスだと推測できます。大島には浅沼とか白為姓が多いし、名前の和宏は本名の宏和のひっくり返しではないかしら。浅沼は偽名で、兄に間違いないと思います」
「このホームレス歌人が私の記事の中のインテリ男だと」
 百合はうなずいてもう一枚の新聞を目の前に置いた。作者は同じ浅沼和宏だ。

 火口から見据えし業火と青い空 越冬の夜亡き君思う

「投稿の常連らしく、こちらは最近掲載された別の短歌なんですが、これで兄だと確信しました。兄は三原山の火口で自殺を図ったことがあるの」
「亡き君というのは」
「さあ、それは・・・」
 百合は急に口をつぐんで下を向いた。
「仮にお兄さんだとして、連絡を絶っているのは何か特別な事情でもあるんですか」
「何か誤解をしているんですわ。実は、父が亡くなり、遺産相続の話もあるので急いでいるんです。短歌を掲載した新聞社に尋ねてみたのですが、投稿者の連絡先の欄が無記入で連絡がとれないらしいのです」
 大輔のドヤ回りが始まった。取材で知り合った人を当たってみたが誰も情報を持っていなかった。周辺にコンビニはひとつしかない。歌壇の新聞掲載は第3水曜日と決まっている。その日は朝からコンビニ前で張ったが手掛かりはなかった。
 思いついてホームレス支援のNPO事務所を訪ねた。代表の梅ちゃんは「ここじゃあ、誰も本名を名乗らないからなあ」とあくびまじりである。その時、本棚にガリ版刷りの歌集が目に入った。パラパラとめくってみると、何かがひかかった。投稿者の中に伊豆大島に多いと百合が話していた白為という名前を見つけたのだ。歌の中に伊豆の文字もある。
「梅ちゃん、これ」と歌集を指さす。
「ああ、うちのNPOから隔月で出している冊子。白為?ああ、あのおじさんか。何かの後遺症なのか、いつもゼイゼイいっている髭のインテリだよ。キザったらしく大学ノートを持ち歩いている男さ」
 その人に違いない。
 山下公園近くの青テントを根城にしていると聞いて汗をぬぐいながら走った。
「突然ですみませんが、白為さん、本名は横井宏和というんじゃないの?」大輔が切り出すと、男の目が泳いだ。
「お父さんが亡くなって妹さんがあなたを探しているんですよ」短歌の投稿の話も含め事情を説明し始めた時、男は突然、話を遮った。
「確かに僕の本名は横井だけど、親父は俺が子供のころに死んじまっているし、第一、妹なんていないよ。何かの間違いだろう」缶ビールをうまそうに飲み干し、ギロリと睨み返してきた。
「人違いか。妹の百合さんもがっかりするね」と言った途端、男の表情が変わった。
「百合というのかい、その女」
「ええ、そう。百合さんだけど、何か」
思いつめた男の表情が歪んだ。
「待ってくれ。ひょっとすると知っている人かもしれない」

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作家
日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこに関わる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

2020年5月5日(火)9:00

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