週末にふたりを引き合わせることになった。大輔はその前に伊豆大島の警察署を訪ねた。百合によると、横井宏和という男はかつて自殺を図ったことがあるという。その記録が残っていないか取材してみようと思ったのだ。年配の巡査は胡麻塩頭をボリボリかきながら資料の山をひっくり返していたが、ようやく黄ばんだ書類を引っ張り出してきた。
横井宏和は10年前の×月×日午後八時ころ三原山の火口で心中を図った。相手は伊豆大島出身の浅沼百合といい、職業は旅館の中居。伊豆で働いている時に、結核の療養に来ていた横井と知り合い付き合うようになった。だが、病気が快復せず、将来を悲観した二人は死のうと決意し睡眠薬を服用したあと大島の三原山火口に身を投げた。朝方になって倒れている浅沼百合を見回りの人が発見、病院に運んだ。手首や腹に傷があったが無事。横井の遺体は発見されず、行方を追っているーーと記録されてあった。
「浅沼は百合の姓か」大輔は書類を閉じた。
駅近くの喫茶店で百合とふたりで待っていると、入口に横井が現れた。髭をそり散髪している。「百合・・・」と言ったきり言葉が続かない。ようやく絞り出すように「生きていたのか」
百合はわっと泣いたまま顔を伏せている。「ごめんなさい。あなたのことずいぶん探したのよ。私が生きていることを早く知らせなくてはと」
「そうか。てっきり死んだものと思い込んでいた。僕は、死にきれず」
「いいの。もう、何も言わないで」
百合が大輔に向き直り、改まった調子で、実は、と頭を下げた。大輔は両手で百合を制するとうなずいた。「いいんですよ。ふたりでもう一度やり直せるといいですね」。 (完)