記事のポイント
- 大西洋海流AMOCの崩壊リスクを示す新研究が相次いだ
- 崩壊で南極海が炭素源に転じ温暖化が急速に加速する
- 日本も異常気象や、食料輸入が激減するリスクに見舞われかねない
大西洋の巨大な海流循環「AMOC」の崩壊リスクを示す研究が相次ぐ。仮に崩壊すれば南極海が炭素の吸収源から放出源に転じ、世界の気温は急速に上昇する恐れがある。欧州は逆に寒冷化する可能性があるほか、米東海岸の海面上昇も現実味を帯び、食料輸入に依存する日本も無関係ではいられない。(在テキサス編集委員・宮島謙二)

色がオレンジに近いほど水温が高く、青に近いほど水温が低い
(c) NASA Goddard Space Flight Center
■AMOC(大西洋南北熱塩循環)とは何か
AMOC(大西洋南北熱塩循環)は大西洋を南北に貫く巨大な海流循環システムだ。メキシコ湾周辺の暖かい海水を高緯度へ運ぶ。冷えて密度が増した水は、グリーンランド沖で北大西洋の深海に沈む。ここで形成された深層水が大西洋深部を南下し、「コンベヤーベルト」として地球全体に熱を再配分する。

赤は表層の海流(メキシコ湾流など)で、青は海の深い領域の海水(深層水)の流れを表す。深層の形成(deep water formation)は、グリーンランド沖や南極沖など、海面密度が最も高い場所で行われる。背景色は海面密度を表し、青が濃いほど密度が高く(海水が重く)、沈みやすい
(c) NASA
海流がコンベヤーベルトを1周するには約1000年かかるとされる。欧州がカナダと同じ緯度でも温暖なのは、この海流循環が熱を運ぶからだ。
ところが、AMOCは1950年代から約15%弱体化したと考えられている。温暖化で北極圏の氷床や氷河が解け、大量の淡水が北大西洋に流入すると、表層の塩分濃度が下がり、海水は沈みにくくなる。循環のエンジンが失速する仕組みだ。
観測データに基づく2026年4月に学術誌サイエンス・アドヴァンシズに発表された研究は、今世紀末までに約50%の弱体化を予測する。同月、同誌に掲載された別の研究では、深海の監視4地点すべてで減速傾向を確認した。メキシコ湾流の北方向へのシフトも、AMOC崩壊の兆候との見方がある。相次ぐ研究結果は、同じ方向を指す。崩壊の時期は、想定よりも早まる公算が大きい。約1万2000年前のヤンガードリアス期にも、AMOCは崩壊している。歴史から学べることがあるはずだ。
■南極海が炭素排出源に
崩壊がもたらす影響は気候全体に及ぶ。2026年4月にコミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロメント誌に掲載された研究によると、AMOCが停止すると南極海の炭素循環が大きく乱れる。海洋が長年吸収してきた大量の二酸化炭素が、大気中に戻る。吸収源だった南極海が、逆に炭素の放出源へ変わる仕組みだ。
結果として、世界の平均気温はさらに約0.2℃上乗せされる。人類の二酸化炭素排出量削減努力を無に帰す「負の連鎖」が始まる恐れがある。気候モデルのシミュレーションは、北極圏で7℃の低下、南極で6℃の上昇を予測する。北半球は急速に冷え込み、南半球は温暖化が加速する。
米国東海岸では、氷の融解と海洋の熱膨張によるものに加えて、海面が最大1メートル上昇する可能性もある。AMOC崩壊は、欧州北西部に厳しい寒波と農業不振をもたらす恐れがある。食料価格の高騰や輸入網の混乱は、地球全体に波及する。
■犠牲になるのは脆弱な地域
AMOC崩壊は気候変動と環境正義が交差する問題だ。海流を弱めた主因は、先進国が長年排出してきた温室効果ガスにある。しかし、干ばつや食料危機に直面するのは、排出量が少ない開発途上国が中心だ。また、先進国においても、気候不安定化のリスクは、排出量が少ない社会的弱者に偏る。排出責任が小さい脆弱(ぜいじゃく)な地域と人々ほど、深刻な打撃を受ける。
熱帯の降雨帯は南へシフトする見込みだ。アフリカやアジアのモンスーンは乱れ、途上国の農業生産を直撃する。海水温の急変は海洋生態系を破壊する恐れがある。食料供給システムの崩壊は、数億人から数十億人規模の栄養を脅かす。気象災害の激化によって国内外への移住を余儀なくされる人々も増えるだろう。現世代の決定が、将来世代に「住めなくなった地球」を引き継がせかねない構図だ。
■日本への影響は
■問われる排出責任

