記事のポイント
- 内閣官房などは「人的資本可視化指針(改訂版)」を公表した
- 今回の改訂で強く打ち出したのは、「経営戦略と人材戦略の連動」だ
- 人的資本は持続的な企業価値創造に向けた戦略的資産として位置づけを
内閣官房・金融庁・経済産業省は2026年3月23日、「人的資本可視化指針(改訂版)」を公表しました。今回の改訂で強く打ち出したのは、「経営戦略と人材戦略の連動」をより実質的に求めるという視点です。つまり、人的資本を単なる開示項目としてではなく、持続的な企業価値創造の中核としてどう語るかが、 これまで以上に問われるようになったのです。 (オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)
■戦略の実現には、人的資本投資の促進と可視化が不可欠に
脱炭素やデジタル化といった構造変化に対応するためには、新たなスキルや組織能力が不可欠であり、その実現は人的資本に依存しています。
人的資本は、ESGの「S」にとどまる個別テーマではなく、企業の持続的価値創造の中核テーマです。しかし現実には、多くの企業において人件費は固定費として捉えられ、短期的な利益確保の観点から抑制・先送りにされがちでした。
その結果、日本企業の人的資本投資は、米国やドイツ、フランス、英国など欧州諸国と比較して低水準にとどまっています。日本企業は、人的資本の潜在力を十分に引き出せていない可能性があります。
今こそ、経営戦略の実現に向けて人的資本投資を促進し、その進み具合を見えるようにすることが急務となっています。
■改訂指針が求めるのは指標ではなく「価値創造の物語」
人的資本の可視化については、2022年に初版指針が公表され、2023年には有価証券報告書での開示が義務化されました。初版指針は、人的資本の可視化の重要性やその方法について有用な情報が記載されています。
しかしながら、人的資本の可視化でもっとも重視される「経営戦略と人材戦略の連動」については、概念的な指摘にとどまり、具体的な考え方や実践の枠組みは必ずしも十分に示されていませんでした。
今回の改訂指針が明確に打ち出したのは、人的資本について「何を開示するか(指標)」ではなく、「どのように語るか(ストーリー)」という視点です。
企業は、経営戦略の実現に向けて、どのような人材ポートフォリオ(人材構成)が必要なのかを明らかにし、その実現のための人材戦略を策定し、人的資本投資を実行します。
そして、その結果としてどのように企業価値の向上につながるのかを、投資家をはじめとするステークホルダーに対し、一貫したストーリーとして論理的に説明することが求められます。
■人的資本は価値創造への「戦略的資産」
改訂指針の中核にあるのが、「人的資本への依存・影響」と「人的資本関連のリスク・機会」という枠組みです。
企業の経営戦略は、必要な人材を確保・維持できるかどうかに「依存」する一方、採用や育成、報酬、エンゲージメント向上といった人材施策を通じて人的資本に「影響」を与えます。
この双方向の関係から考えることで、人材不足による成長制約やスキル転換の遅れといった「リスク」と、高度人材の獲得や組織能力の強化によるイノベーション創出といった「機会」を筋道立てて整理できます 。
この考え方は、企業と環境・社会との相互作用から価値創造を見出すサステナビリティ経営と本質的に共通しています。人的資本を単なる資源ではなく、価値創造の中核となる戦略的資産として位置づける点に、この枠組みの意義があります。
■人材戦略が価値創造を現実のものに
こうした枠組みを実際の企業価値の向上に結びつけるのが人材戦略です。
人材戦略とは、経営戦略の実現に必要な人材や組織能力を明らかにし、それに基づいて人的ポートフォリオを設計し、採用・育成・配置・評価といった人的資本への投資とマネジメントを通じて競争優位を構築し、持続的な企業価値創造につなげる仕組みです。
つまり、どの人材が不足すると戦略が進まないのか(依存)、どこにリスクがあり、どこに成長の機会があるのかを見極めたうえで、必要な施策を打つ。その結果として人材の力を高め(影響)、価値創造へとつなげていく―― その一連の流れが人材戦略だといえます。
人的資本の可視化とは、こうした一連のプロセスを通じて、自社が創出する社会価値を経済価値へと転換する道筋を示すことであり、人材戦略こそがその価値創造ストーリーの中核を担うのです。
■味の素と日立: 人材戦略が社会価値と経済価値を接続する
このような人的資本への依存を起点にリスクと機会を特定し、適切な影響を与えることで価値創造へとつなげる構図は、先進企業ではすでに実践されています。
味の素は、人・社会・地球のWell-being(ウェルビーイング)への貢献に向けて、アミノサイエンスに基づく事業が高度専門人材に強く依存する構造を持っています。この依存は、研究人材の確保や知識の属人化といったリスクを伴いますが、同社はこれを人材戦略を通じて機会へと転化しています。
すなわち、バイオとデジタルの融合人材の育成やグローバル人材の活用を通じて人的資本に影響を与え、人材ポートフォリオを再構築するとともに、分野横断的な知の統合を促進し、イノベーション創出へと結びつけています。
日立製作所は、社会インフラ高度化に向けたデジタル企業への転換において、人的資本への依存を明確に認識しています。この依存は、デジタル人材不足や既存人材とのミスマッチというリスクを伴いますが、同社はこれを成長の機会として捉え、人材戦略を経営変革の中核に据えています。
その特徴は、リスキリングやジョブ型人事を通じて人的資本に影響を与え、人材ポートフォリオを再構築すると同時に、事業転換と持続的成長を実現している点にあります。
■問われる 「自社らしさ」と「比較しやすさ」
■経営そのものの「あり方」も問われる
■人的資本は未来の競争力を左右する

