記事のポイント
- 鉄鋼業界のCO2排出量は、世界全体の排出量の約11%、日本では約13%を占める
- 25年の鉄鋼業界の脱炭素化は、総じて足踏み状態が続いた
- その一方、各国の制度改革や低排出な鉄源への布石など構造変化をうかがわせる動きも
鉄鋼業界のCO2排出量は、世界全体の排出量の約11%、日本では約13%を占める。2025年、鉄鋼業界の脱炭素化は足踏み状態が続いた。排出原単位は横ばい、低排出技術への投資も小規模であった。関税引き上げや鋼材価格の低迷など課題が山積する一方で、各国の制度改革や低排出な鉄源への布石など、構造変化をうかがわせる動きも出てきた。様々なニュースが飛び交った2025年を振り返り、いま私たちが注目すべき動きを概説する。(スティールウォッチ・石井三紀子)

鉄鋼業界の脱炭素化は進展したのか?
2025年、鉄鋼業界の排出原単位や高炉の稼働状況に大きな変化は見られなかった。総排出量や石炭消費量は減少したものの、その主因は鉄鋼生産量の縮小であり、必ずしも前向きな変化とは言い難い。
直接還元製鉄(DRI法)などの低排出技術への投資拡大や、SBTi認証(企業の温室効果ガス削減目標が科学的根拠に基づいているかを評価し認証する国際的な仕組み)を取得する企業の増加といった進展も一部で見られたが、業界全体から見れば依然として小規模である。排出量の多い石炭高炉の新設に関しては、着工件数こそ縮小しているものの、未着工の新設計画はなお多数存在する。

出典:停滞(稼働中の高炉、高炉とDRI炉の比率、排出原単位)、改善(CO2排出量、原料炭消費量)、小さな前進(SBTi認証、DRI生産能力、水素DRI生産能力)、進展と停滞の混在(建設中の高炉[2023年4月〜2024年4月]、発表済みの高炉[2024年9月時点])
図1が示すとおり、業界全体には進展と停滞が併存している。以下では、世界全体への影響が特に大きいEU、中国、豪州に着目して業界の動向を整理する。
EU鉄鋼政策に見る前進と反発
EUはこれまで鉄鋼をはじめとする重工業分野において先進的な脱炭素政策を牽引し、世界全体の制度設計にも大きな影響を与えてきた。しかし、2025年は前進と反発の双方が現れた一年であった。
特に排出量取引制度(EU ETS)では、2026年1月から排出枠無償割当の段階的廃止が始まることを受け、ロビー活動が一段と活発化した。ステグラ社(スウェーデン)・ハイドナムスチール社(スペイン)・LKAB社(スウェーデン国営)で構成 される企業連合は現行スケジュールの維持を求める一方で、ティッセンクルップ社(独)、フェストアルピーネ社(オーストリア)を中心に延期を求める声も広がっている。
10月には産業加速法から「脱炭素(Decarbonisation)」が削除され、11月には欧州議会が企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)から「移行計画策定」の要件を削除するなど、象徴的な場面でも脱炭素政策の緩和が見られた。
反発が高まるなか、EUが脱炭素政策の強化姿勢を維持できるかが注目される。
中国や豪州で広がる脱炭素化の兆し
一方、世界最大の鉄鋼生産国である中国や、世界最大の鉄鉱石生産国である豪州といった国際供給網の要となる国々では、脱炭素化への移行を後押しする動きが見られる。
中国では、DRI投資が立ち上がり、年間生産能力は600万トンに達すると見込まれている。現在は化石燃料由来のガスを使用しているが、将来的に水素へ切り替え可能な設備となっている。4月には、排出量取引制度(ETS)の対象に鉄鋼業が正式に追加され、政策面でも前進があった。
豪州では、低排出な鉄源である「グリーンアイアン産業」の立ち上げに向けた取り組みが加速している。政府は関連事業を支援するため10億豪ドル(約1037億円)を拠出した。11月には、COP30でグリーンアイアンに関する原則が発表されるなど、グリーンアイアンをめぐる議論は国際的な舞台へと広がりを見せている。
(参考)グリーンアイアンについてはこちら
世界の鉄鋼市場を左右する国々におけるこうした一連の動きは、国際競争や脱炭素化の潮流に大きな影響を及ぼす可能性がある。
変わりゆく世界の中で日本は何を選ぶのか
世界で脱炭素化への移行が静かに本格化しつつある中、世界第3位の生産規模を誇る日本の動きも注目される。
政府は「GXスチール」構想のもとで鉄鋼メーカーへの支援策を進めているものの、支援対象となる鋼材の定義をめぐっては、日本鉄鋼連盟と国際基準の間に相違が生じている。
(参考)GXスチールについてはこちら
国内最大手の日本製鉄については、豪州での石炭権益拡大や、6月に買収を完了した米USスチール社 での高炉延命といった動きが続いており、国際社会が期待する脱炭素化のリーダーシップと比べると、大きな隔たりがある。
EUの主導力は揺らぐなか、中国や豪州では脱炭素化の基盤が形成されつつある。そのはざまで、日本企業がどのような姿勢を示すのかが、今後の行方を左右する。2026年は、その覚悟と方向性が問われる一年となるだろう。
*より詳しい論説は、スティールウォッチの「2025年、鉄鋼セクターの脱炭素化を振り返る―停滞の中に見え隠れする変化の兆し」からご覧ください。



