政府は、通常国会で予定していた「建築物省エネ法」改正案の提出を見送る方針だ。夏の参議院選挙を控え、審議日程を取るのが難しいという。だが、「建築分野の脱炭素を推進する同法は、2050年カーボンニュートラルに欠かせない」と、大学教授やNPOから早期成立を求める声が上がる。(オルタナ編集部・長濱 慎)

新築、既築ともに、省エネ性能の早急な義務化が必要

■建築物省エネ法は脱炭素の本気度を測る「バロメーター」

「建築物省エネ法」(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)は、日本のエネルギー消費量の3分の1を建築物が占めることを受けて2016年に施行した。今回の改正案は国土交通省、経済産業省、環境省が合同で取りまとめを行い、今国会への提出を目指していた。

改正案のポイントは、大きく3つある。

1) 2025年にすべての新築建築物に高断熱・高気密などの省エネ基準適合を義務付ける

2) 既存建築物の省エネ適合も進める

3) 脱炭素に資する建材として木材の利用を拡大する

日本政府は2030年度までに、13年度比で温室効果ガス46%削減を掲げた。目標達成には家庭部門で66%、業務部門(オフィスビル)で50%の削減が必要と見積もっており、建物の省エネ化は不可欠な要素だ。

特に急務なのが、「断熱性能の義務化」だ。断熱性を高めれば空調にかかるエネルギー消費量を削減でき、温室効果ガス削減につながる。しかし、日本ではほとんど対策が進んでおらず「夏は暑く、冬は寒い」家で我慢の省エネを強いられ、ヒートショックなどの健康被害を引き起こすリスクも高い。

ヒートショックとは、寒暖差の大きな部屋を行き来することで血圧が急に上がり下がりし、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすこと。厚労省は年間19000人が死亡していると推計する。

NPO法人「気候ネットワーク」は「脱炭素社会の実現よりも選挙対策の方が重視されている状況は誠に遺憾」と表明し、早急な法案の成立を訴える(「『建築物省エネ法』の今国会審議で成立を」)。

法案提出に向けた検討会の委員を務めた竹内昌義・東北芸術工科大学教授は、高断熱化がもたらす4つのメリットをあげる。

1) 系統の負担を低減

脱炭素化を進めると、熱部門の電化によりエネルギーが電気に集中する。住宅の断熱性が高まり空調の使用量が減れば、系統への負担を軽減できる。

2) 冬のピークカット

寒いと感じていっせいにエアコンのスイッチを入れると、瞬間的に電力需要が急増する。住宅の断熱性が高まれば、需給逼迫が起きにくくなる。

3) 災害時のレジリエンス向上

体育館などの避難所も断熱性を高めれば、空調が使えない場合も避難者の健康を守れる。

4) エネルギー安全保障への貢献

断熱性を高め建築物のエネルギー消費量を減らすことは、エネルギーの大部分を化石燃料の輸入に依存する日本のエネルギーセキュリティに貢献できる。

竹内教授は「建築物省エネ法の改正は日本の温暖化対策の本気度を測るバロメーター。現行の建築技術で十分に対応可能であり、日本の脱炭素目標との整合性を考えれば今すぐに取り組むべきです」と強調した。

ところが、このままでは建築物省エネ法の改正は継続審議か廃案になってしまう。万が一、廃案になれば、日本の建築物省エネは大きく遅れる。「菅前首相が2020年に表明した『2050年カーボンニュートラル』の達成も、おぼつかなくなる」との声が高まってきた。

「今から断熱性の悪い建物を建てるのは『不良債権』を作るようなもの。建物は一度建てると50~100年の耐久性があるからです」と手厳しいのは、元積水ハウス常務執行役員の石田建一JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)顧問だ。

石田氏は「多くの国ではカーボンニュートラルに向けて断熱性や太陽光発電設置の義務化を行なっている」と指摘する。

「日本も2030年46%削減目標のバックキャスティングを考えて、ZEH/ZEB化に向けて規制をかけるべき。そして何よりも、ZEHは脱炭素だけでなく快適性や健康維持の効果がある」

ZEH/ZEB(ネット・ゼロエネルギー・ハウス/ビル)とは、断熱性向上、高効率設備、太陽光発電の導入などにより、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとする住宅やビルをいう。大手住宅メーカーの断熱性は、すでにZEHをクリアするレベルに達しており、義務化が普及のカギを握る。