出口なきイラン戦争(下): 物流覇権めぐる回廊戦争の側面も

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記事のポイント


  1. イラン情勢をめぐっては、油田や原発、軍事基地などの個々の要素に焦点が当たる
  2. しかし地理の視点で見ると、この国を走る巨大な山脈の重要性が浮かび上がる
  3. そこにはユーラシア大陸の物流地図を根底から書き換える唯一の抜け道があるからだ

連日のイラン情勢に関しては、メディアは常にイランを「中東の火薬庫」と紹介します。油田や原発、軍事基地、ミサイルなど個々の要素に焦点が当たるが、地理の視点で分析すると、イランを走る巨大な山脈の重要性が浮かび上がります。そこにはユーラシア大陸の物流地図を根底から書き換える唯一の抜け道が隠されているからです。(地理学・世界観分析家・瀧波一誠)

イランの地形。北西から南東に平行に走る無数の線は巨大なザグロス山脈
©PythonMaps

ワシントンD.C.、北京、モスクワ、そしてニューデリーなどにいる国家指導者たちの視線は、油田や原発、軍事基地、ミサイルなどの個々の要素を超え、この国を走る「巨大な山脈」に注がれているように見えます。

なぜなら、ウクライナ戦争以降の分断された世界において、西側の制裁網を無効化し、ユーラシア大陸の物流地図を根底から書き換える「唯一の地理的な抜け道」が、この険しい山脈に隠されているからです。

イランはユーラシア大陸の「へそ」であり、ここを誰が通るか、あるいは誰を通さないかで、21世紀の物流覇権が決まると考えられます。

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イランでは今、世界を二分する「回廊戦争」が勃発しているのです。

  • 中国「一帯一路」: 東西を貫く、大陸国家の動脈。
  • ロシア・インド「国際南北輸送回廊(INSTC)」: 南北を貫く、制裁回避の裏道。
  • 日米欧・インド「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」: イランを「避ける」、対抗のリムランド・ルート。

よく見ると、インドが両陣営にいます。

この複雑怪奇なパズルを解く鍵は、イランのこの険しい地形にあります。大国の野望が交錯する「世界で最も熱い交差点」を、地理の視点から読み解きます。

■巨大な山脈が決定づけた東西南北の交差点

イラン西部には、北西から南東にかけて、平行に走る無数の「線」が見えます。これは、アラビアプレートがユーラシアプレートに衝突して形成された「ザグロス褶曲(しゅうきょく)断層帯」です。

グシャッと潰された大地は、まるで巨大な洗濯板のように山と谷が規則正しく、延々と続いています。

この地形はインフラ開発にとって悪夢です。東西に移動しようとすれば、いくつもの高い山を越え、深い谷を下りるアップダウンを何十回も繰り返さなければならないからです。

この険しい地形は同時に通り道を限定します。

かつてのシルクロードも、現代の鉄道も、この山脈の「シワ(谷筋)」の隙間を縫うように走らざるを得ません。

地図を引いて見ると、イランは東(中国・インド)と西(欧州・トルコ)、北(ロシア)と南(アラブ・海)をつなぐ、「地理的な交差点」のど真ん中に位置しています。

ここを通らずに、ユーラシア大陸を横断・縦断することは極めて非効率なのです。

イランは東西南北をつなぐ地理的な交差点のど真ん中に位置する

■ロシアとインドを結ぶ「国際南北輸送回廊(INSTC)」

今、この難所に挑む「南北のライン」が動いています。

主役は、西側と対立を深めるロシアと、グローバルサウスの盟主インドです。

ウクライナ侵攻で欧州への道を閉ざされたロシアにとって、南のインド洋へ出るルートは死活的に重要です。そこで注目されたのが、スエズ運河を通らず、ロシア〜カスピ海〜イラン〜インドを結ぶ「国際南北輸送回廊(INSTC)」です。

全長約7200キロメートルに及ぶこのルートが完成すれば、輸送日数は、従来のスエズ運河経由では約40~60日かかっていたのが、約20~30日と約4割短縮され、輸送コストも推定で約3割削減できるといった劇的な変化がもたらされます。

これは単なるコストダウンではありません。ロシアにとっては、西側の制裁エリアを完全に回避してグローバルサウスと繋がることができる、「国家の生命維持装置」なのです。

赤いルートが南北輸送回廊(NSTC)

インドの悲願はパキスタンを迂回する「北上政策」

ここで重要なのがインドの動きです。インドは、中央アジアやロシアとの結びつきを強めたいと考えていますが、目の前には宿敵・パキスタンがおり、陸路が塞がれています。

そこでインドは、イラン南東部の「チャーバハール港」の開発権を取得し、数億ドル規模の投資を行いました。

イランが開発権を取得したチャーバハール港の位置

狙いは、そこからイラン国内を鉄道で北上し、パキスタンをまたいでアフガニスタンや中央アジアへ抜けるルートの確立です。

イランのこの山脈は、インドにとって、「パキスタン封じ込め」のための戦略的な生命線でもあるのです。

■中国の「一帯一路」とマラッカ・ジレンマ

次に「東西のライン」、中国の動きです。

中国の最大の弱点は、エネルギー安全保障における「マラッカ海峡」への過度な依存です。統計によると、中国の原油輸入の約80%がこの狭い海峡を通過しています。もし台湾有事などでアメリカ海軍にここを封鎖されれば、中国経済は干上がります(マラッカ・ジレンマ)。

その解決策が、パキスタンや中央アジアを経由してイランに入り、そこからトルコや欧州へ抜ける「一帯一路(陸のシルクロード)」です。

中国が描く「一帯一路」
©未来智者

イランの大山脈に巨額の投資を行って鉄道を通すことは、中国にとって「アメリカの海上封鎖を無効化する保険」をかけることを意味します。

2021年に結ばれ、総額4000億ドル規模とも言われる「中・イラン25カ年包括的協力協定」は、この文脈で理解する必要があります。

地図を見ると、イランを避けて中国から欧州へ行くには、北のロシアを通るか、カスピ海を渡るしかありません。しかしロシアは戦争中で、カスピ海は輸送力が低いため、消去法で、イランこそが「ユーラシア物流の心臓」になりえるのです。

イランを避ける「IMEC」の包囲網

ロシア、中国、そしてインド(北ルート)がイランに殺到する中、面白くないのがアメリカと欧州です。

そこで2023年に発表されたのが「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」です。

IMECのルートは、インド〜UAE〜サウジアラビア〜イスラエル〜欧州を結ぶものです。地図を見ると一目瞭然ですが綺麗にイランを避けています。

イランを避けるIMEC(インド・中東・欧州経済回廊)ルート
©European Council on Foreign Relations

ここで驚くべきは、インドが「INSTC(親イラン・親ロシア)」と「IMEC(親米・親イスラエル)」の両方にガッツリ噛んでいることです。

  • 北への野心: イランを使ってロシア・中央アジアへ(INSTC)
  • 西への野心: アラブ諸国を使って欧州・アメリカへ(IMEC)

インドは、この険しいイランの地形を「使うルート」と「避けるルート」の両方を保持することで、全方位外交を展開しているのです。

■「通るルート」vs「避けるルート」の最終戦争

これは世界が、「大陸ルート(中露イラン)」と「周縁ルート(米欧日印アラブ)」という二つの巨大なブロックに分断されつつあることを示しています。

  • 大陸ルート: 中・露・イラン(一帯一路・INSTC)。ユーラシアの内部を固める。
  • 周縁ルート: 米・欧・日・印・アラブ(IMEC)。ユーラシアの海側を固めて封じ込める。

イランの大山脈は、この巨大な2つの陣営がぶつかり合う最前線となっています。

イランのインフラ開発に関わることは、米国の制裁リスクに直結するため、西側諸国にとっては「触れられない場所」です。しかし、私たちが手を出せない間に、この巨大な交差点は着々と中露によって整備されつつあるのが現実です。

この険しい山脈に穴をうがち、新たな「血管」を通すのは誰か。

そこで行われているのはインフラ整備競争ではありません。世界経済という巨大な身体の「血流のバルブ」を誰が握るかという、21世紀における大国の「グレート・ゲーム」の一場面なのです。

地図に描かれない「影の最強物流網」も

ロシアやインドがこの険しい山脈を越えるのに苦労していると書きました。しかし実は、この難所をものともせず、24時間365日稼働している「影の最強物流網」がすでに存在します。

それは、アフガニスタンから欧州へ流れる「麻薬(アヘン)ルート」と、逆にイランから周辺国へ流出する「密輸燃料ルート」です。

国連薬物犯罪事務所(UNODC)のデータによると、イランは世界のアヘン押収量の約90%以上を占める「麻薬戦争の最前線」です。なぜか。それは地図を見れば一目瞭然です。

世界最大の麻薬生産地アフガニスタンと、大消費地ヨーロッパを陸路で結ぶには、地理的にイランを通る以外に選択肢がないからです。

そして、ザグロス山脈などの山岳地帯は、正規軍や警察の監視ドローンを阻む「天然のステルス迷彩」です。

この地形を熟知した運び屋たちは、国家が何兆円もかけてトンネルを掘っている頭上の峠道を、ロバや改造ピックアップトラックで軽々と越えていきます。

東と西、北と南に需要と供給がある限り、たとえ制裁で国境を閉じても、険しい地形が正規ルートを阻んでも、モノは必ず流れます。大国が地図に計画線を引く数千年も前から、この大地のシワの中には、国家の意志すら及ばない「太い物流の動脈」が脈打っているのです。

※この記事は、執筆者のnote「The Geography Lens/まいにち地理News」の記事「【地図分析】せめぎ合う「3つの回廊」 大国の野望が衝突するイランの大山脈の正体」をオルタナ編集部にて一部編集・抜粋したものです。


瀧波一誠

瀧波 一誠

World-Building Analyst(世界観分析家)。「地理とは生存戦略の記録である」を信条に、自然環境や社会環境が経済・文化などに与える影響を研究し、世界を見る解像度が上がる、楽しい「実学としての地理」を発信。現代の国際情勢を論理的に読み解き、課題解決に向けた地理的視点の提言を行う一方、執筆、講演、企業研修、ビジネスパーソン向け教養講座などを通じ、現代社会を生き抜く武器としての「実学としての地理」の普及に努めている。(社)日本地域地理研究所理事長。私立高講師、地理監修、防災士。早稲田大学教育学部卒。著書に『ゼロから学び直す知らないことだらけの日本地理』

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キーワード: #地政学

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