記事のポイント
- 筆者がシンガポールの水政策を視察した
- 同国では、ニューウォーター(下水再生水)の活用を進める
- 2030年には全水需要の55%をニューウォーターで賄う計画だ
■小林光のエコめがね(39)■
温暖化政策、特にグリーン水素の製造・活用策と温暖化への適応対策を見るため、2月半ばにオーストラリアに赴いた。本欄の前回では、そこで見た、洪水を水資源に替える取り組みを報告した。その末尾で触れたが、今回は、その帰りに立ち寄ったシンガポールで見聞したNEWater(ニューウォーター)について報告しよう。
ニューウォーターは、下水再生水を指す。都市下水をろ過したものを原料に、精密ろ過、逆浸透膜処理と順に水分子以外を取り除き、最後に、紫外線殺菌をして完成する。
この水の製造施設の最初の2つが稼働し、広域供給が始まったのは2008年だ。2017年には、製造工場は5つとなり、全水需要の40%程度を賄うほどの設備規模になった。このニューウォーターは、そのままで工業用水や灌漑用水などに使われるが、上水用には、さらにもう一工程が加わる。これが異次元である。
それは、表流水や雨水を溜めるためにシンガポール各地に建設された貯水池に放水することである。一旦、貯水池で自然の水と混じった後で、飲料水源として取水され、上水を製造する工程を重ねて施される。
自分らは、チャンギ空港そばの、ニューウォーター・ビジターセンターを訪れて、シンガポールのこうした政策選択の歴史や背景を聞いた。ここでは、純水に近いほどになった水に、自然のミネラルを加える、と解説員は説明していた。
別の席で、識者に聞いたら、豚を食べた人の尿も混じっていると考えると、宗教的に許容が難しくなることを懸念したのではないか、と述べていた。真の理由は分からないし、あるいは、両方とも正しいのかもしれないが、それにしても、天が太陽エネルギーで行っている水の浄化の仕組みを、人が代わりに行い、あたかも天水かのごとく貯水池に蓄えるなど、異次元である。
このニューウォーターの仕組みは、2025年には、写真1のとおり、これまで残されていたシンガポールの西半分もカバーするようになる。政府の目標は、2030年に、全水需要の55%をこのニューウォーターで賄う計画であるが、着々と進んでいると言えよう。
残りの供給源としては、現在は、マレーシアからの輸入水に頼っているが、60年にその輸入契約が切れた後は、従来からの天水、そして、海水の脱塩淡水化で充足させることが目論まれている。
極端に言えば、人口約585万人を収めるシンガポール全土、約720㎢(東京都23区をやや上回る)が貯水池であり、水の消費地でもあるのである。実際、シンガポールの都心を流れるマリーナ運河ですら、今日では、海につながらない河口湖と化している。写真2は、海との際を遮断して、淡水水源池を作り出している河口堰の遠望である。
淡水資源を人の手で作る以上、エネルギーの投入が要るので、これを脱炭素化するビジネス・アイデアが課題となっている由である。貯水池水面への太陽光発電パネルの設置などの取り組みは既に始まっているが、もっと革新的なアイデアが求められている。
自分としては、将来のシンガポールでは輸入が盛んになる液化グリーン水素の気化に伴う圧力の利用とかがあるのではないか、などと想像を楽しんでいる。こうした世界最先端のニーズのあるシンガポールには、多くの企業が集まってくる。水関連の技術を持つ企業だけでも100以上を数えるという。
ちなみに、シンガポールは、経済力に任せ、野放図に、水やエネルギーの資源を手に入れようとしているわけではない。50年でのカーボンニュートラル目標にもコミット済みだし、日本よりも高率な炭素税を、エネルギー多消費の工場などに課して、省エネなどを促している。
有名なマリーナベイ・サンズも、その省エネ的な輻射式の冷房を装備している。節水にも熱心で、一人当たりの水消費量目標を定め、順次その低減も進めている。また、逓増的な水道料金設定でも知られている。自分たちが訪れたニューウォーター・ビジターセンターでも懇切丁寧な環境教育が行われていた。一人当たり所得のアジア最大の同国の、先進的な環境政策には目が離せない。