マスクをして登校すると野球部の部室に向かった。青い顔をした神野がひとりで弁当を食べていた。「まずいんだ、これ。味がしないんだよ」そうぼやきながら壁に飾ってある十年前の選抜の集合写真を見上げていた。この男の夢をつぶすのかと考えたらいたたまれなかった。逃げるようにグランドに出るとマスク姿のキャプテンが素振りをしていた。バットで地面をたたき「おい、太郎、おまえのオヤジさんも感染者だといううわさがある。どうなんだ」
呼び止めるキャプテンを振り切るように駆け出すと、向こうから監督が歩いてくるのが見えた。近づいて「監督、実は」と切り出した。声がかすれた。いつもより柔和に見える監督が太郎の両肩に手を置いてウンウンとうなずいた。
「何も言うな。おまえたちの気持ちはよくわかる。残念だが選抜が中止になった以上、目指すのは夏しかない」
「わかりました、監督」すぐ後ろから大きな声がした。太郎を追いかけてきたキャプテンだった。
「ドンマイ、ドンマイ。俺たち、コロナ世代ですからね。コロナなんかに負けませんよ。なあ、太郎」
選抜が中止?まさか。太郎は体の力が一気に抜け膝をついた。
太郎の体に異変はない。自宅待機で家でぶらぶらしていた。チームメートから急ぎの電話が入った。 あの神野が入院したという知らせだった。 (完)
コロナ世代の甲子園
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