トランプが欲しがるグリーンランドはNATO同盟と主権の臨界点だ

記事のポイント


  1. 米トランプ大統領は、ベネズエラ攻撃後、グリーンランドへの野心を隠さない
  2. 人口6万にも満たない島は、地政学的な結節点となっている
  3. 同盟国間で力による現状変更は起きないとするNATOの前提が揺らぎかねない

米トランプ大統領は、ベネズエラ攻撃後、グリーンランドへの野心を隠さない。背景にあるのは、北極が今や、安全保障、資源・物流、同盟の信頼が重なる地政学的な結節点となっていることだ。デンマークの求める主権と、島民の「自分たちが決める」という思いがすれ違う中で、米国からの強硬な言葉ひとつで、NATO(北大西洋条約機構)同盟の前提が揺らぎかねない状況だ。(地理学・世界観分析家・瀧波一誠)

グリーンランドは地政学的な結節点に位置する

グリーンランドをめぐる報道は、「米国が島を欲しがっている」という刺激的な見出しに目を奪われがちです。

ですが背景の本質は、北極が今や、①ミサイル防衛と早期警戒、②資源・物流、③同盟の信頼、が重なる「地政学的な結節点」となっており、言葉の選び方ひとつでNATOの前提(同盟国間で力による現状変更は起きない)が揺らぎ得る状況にあることです。

グリーンランドは、面積が日本の約5.7倍に相当する約216万km²もある一方、人口は2025年10月時点の統計で56699人と極端に少なく、居住は比較的温暖な沿岸部に集中しています。

この「巨大な領域と少ない人口」は、外から見ると「影響力を行使しやすい」ように見えますが、実際には統治コストが高く、住民の自治(自決)と安全保障のバランスが常に課題になります。

グリーンランドの行政区画。

■北極圏の「静かな島」で何が起きているのか

グリーンランドはデンマーク王国の自治領で、独自の議会と政府を持ちます。しかし外交・防衛の最終権限はデンマーク側が握る枠組みが基本です。

ここに米国の「所有」や「軍事オプション」という言葉が入り込むと、単なる2国間の摩擦ではなく、同盟の原則という大きな問題へ飛び火します。

なぜならNATOの抑止力は、戦力の問題だけでなく「同盟国同士は不可侵」という大前提に基づく信頼の上に成立しているからです。

しかも米国はグリーンランドに軍事拠点(ピトゥフィク宇宙基地/旧チューレ空軍基地)を持ち、弾道ミサイル早期警戒や宇宙監視に関わる運用を続けています。 つまり米国にとってグリーンランドは、すでに安全保障上の要衝であり、協定の枠内でも関与は可能です。それでも「所有」や「強制(軍事力の行使)」を匂わせれば、やはり欧州側は「同盟の自己破壊」だと受け止めることになります。

ピトゥフィク宇宙基地

さらに問題を難しくしているのが、島内世論の複雑さです。

グリーンランドには長年の「より強い自治」や「将来の独立」を志向する潮流があり、デンマークや米国、EUとの外交関係をどう設計するかは、経済とも直結する大きな問題です。

人口が少なく国内の市場規模も大きくないため、公共サービスやインフラ、雇用の確保は「誰と手を組むか」に強く左右されます。

こうして「外からの圧力」と「住民の自決」が交錯し、言葉の応酬が外交危機に拡大したと言えます。

■なぜ、この「危機」が成立したのか

1.「抑止の前線」となった北極圏

北極圏は、北米とユーラシアを結ぶ最短経路に近く、弾道ミサイルや航空戦力をめぐる早期警戒の重要拠点です。

ピトゥフィクの存在が示す通り、ここは冷戦期から戦略的要衝でしたが、近年はロシアの軍事活動や北極航路をめぐる関心も重なり、戦略的な注目が再び高まっています。

2.豊かな資源をめぐる「政治的思惑」

グリーンランドは鉱物資源(レアメタルなどの戦略的に重要な鉱物を含む)で語られることが多い一方、実際に採掘が進むか、商業ベースに乗るかは、採算性、鉱床の存在する環境、社会的合意、港湾や電力などインフラの条件にも左右されます。

ところが「地政学的な重要性」が先に過度にクローズアップされると、「埋蔵資源の科学的データ」よりも先に「利権を巡る政治的駆け引き」が過熱し、投資や規制を巡る政治的対立が高まります。

島内の政治にとっても、資源開発は雇用と財政の希望である一方、自然環境やコミュニティへの影響とどう折り合いをつけるかという政治的分断の要因にもなります。

3.同盟は「共同体」か「取引」か

同盟を「共同の原則」より「負担の取引」として扱うほど、同盟国内の亀裂は広がりやすくなります。

欧州が最も恐れるのは、領土不可侵の規範が薄まり、抑止が「言葉の安売り」で劣化することです。

また、デンマークは北極・北大西洋の防衛強化に巨額投資を進めており、2025年には北極防衛に約274億デンマーククローネ(約6710億円)を投じる方針が報じられています。そのため、米国側の「軍事行動も選択肢」という言い回しは、努力の積み上げを無に帰しかねないもので、米国に対する不信が高まる要因になります。

■地理・政治の視点から見たグリーンランド問題

1.「人口の少なさ」が示す「選択の難しさ」

グリーンランドの人口は約5.67万人です。行政・医療・教育・港湾・道路・通信といったインフラを、この広大な領域で維持するのは簡単ではありません。

だからこそ、自治の理想だけでなく、財政と安全保障の現実が常に政治を縛っています。

外部の大国が「利益」を提示すると、島内ではそれが「機会」にも「圧力」にも見え、議論が割れやすくなります。

2.デンマークの主権とグリーンランドの自決のすれ違い

デンマークにとっては、領土不可侵と同盟秩序が最優先です。

一方のグリーンランド側は、歴史的経緯や文化、将来の自立を視野に「自分たちが決める」という感覚を強めています。

ここに外部勢力の「直接交渉」が入り込むと、その手続きやそもそもの政治的な権限の話が対立の原因になります。

3.米国の「利害と言葉の不一致」を巡る不信

米国は既存の防衛枠組みでも拠点を運用し得ます。

それでも「軍事行動の可能性を排除しない所有の方針」を主張していることで、同盟国は「次はどこで起きるのか」と疑心暗鬼になります。

結果として、北極の安全保障を強めるはずの議論が、逆に同盟の結束を削りかねないという逆効果を生んでいます。

■世界の類似事例と「小さな社会×大国の思惑」

小さな人口規模の地域が、大国の安全保障や資源戦略に巻き込まれた時、争点はしばしば「地域の意思」ではなく「秩序とルール」に重きが置かれます。

太平洋の「自由連合盟約(COFA:ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオと米国との間で締結した協定)」のように、主権・自治・防衛負担を再設計して折り合うモデルもありますが、成功には当事者の合意形成と透明な手続きが不可欠です。

グリーンランド問題が難しいのは、同盟(NATO)と自決(自治領の将来)と抑止(早期警戒)が全て一つの島で扱われる問題になってしまい、いずれかだけを政治的な「正解」として扱えないからです。

■「言葉」が同盟の信頼関係を揺るがす

グリーンランドの話題は、北極の地図を塗り替えるニュースというより、同盟の信頼がどれほど言葉に敏感かを示す出来事です。

面積は巨大でも人口は少ない。戦略価値は高いが、統治機構は繊細で複雑。ここで外部からの強硬な言い回しが出れば出るほど、得られるはずの安全保障上の利益より、失われる信頼のコストが膨らみやすくなります。 最大の問いは、「北極の安全保障を強めることと、当事者の自決と主権を傷つけないことを、どう両立させるのか」です。

※この記事は、執筆者のnote「The Geography Lens/まいにち地理News」の記事「グリーンランドが映す、同盟と主権の臨界点」をオルタナ編集部にて一部編集したものです。

瀧波一誠

瀧波 一誠

World-Building Analyst(世界観分析家)。「地理とは生存戦略の記録である」を信条に、自然環境や社会環境が経済・文化などに与える影響を研究し、世界を見る解像度が上がる、楽しい「実学としての地理」を発信。現代の国際情勢を論理的に読み解き、課題解決に向けた地理的視点の提言を行う一方、執筆、講演、企業研修、ビジネスパーソン向け教養講座などを通じ、現代社会を生き抜く武器としての「実学としての地理」の普及に努めている。(社)日本地域地理研究所理事長。私立高講師、地理監修、防災士。早稲田大学教育学部卒。著書に『ゼロから学び直す知らないことだらけの日本地理』

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