分断から結束へ、五輪選手が問う「人権」意識

【連載】企業と人権、その先へ(5)

新型コロナウイルス感染症拡大の真っ只中にあり不安も大きいなか、東京オリンピック2020が開会した。当初の予定から開催は1年延期となったが開会直前まで関係者による人権に関する発言が取り沙汰され、オリンピック開催の意味を考えながら、関連ニュースを見るともなしに見る日々である。(佐藤 暁子・弁護士)

本大会のモットーは「United by Emotion」とのことだが、大きな打撃を受けている飲食業界や逼迫する医療現場、学業を続けることも難しい学生たち。そのほかにも深刻な課題は山積し、それらに対しては未だ有効な施策が打ち出されていない現状で、私たちは「感情」で一つになれるのだろうか。

五輪憲章根本原則6は次のように定める。

「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、 政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分など の理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない」

これが大きく問題となったのは、元東京五輪組織委員会会長の森氏による女性蔑視発言である。国内外から声が上がり、ジェンダーを含む多様性が重要な人権であることについて少なくとも認識はされた、はずだった。

しかし実際には、障害者への差別行為やホロコーストに対する不適切な発言などが指摘され、開会式の企画から直前に外れる人々が相次いだ。これに対しては、過去の行為を殊更に取り上げて表舞台から退場させることに対する様々な意見も見受けられる。

しかし、いずれの言動も上記のオリンピズム精神に反するものであって、だとすれば、企画への参画という形で参加する以上は、人権への向き合い方、取り組み方について意思を表明することが望ましかったのではないか。

仮に運営側にそのような問題意識すらなかったのだとすれば、それはオリンピックが単なる商業イベントとなってしまい、本来の役割である世界に対してメッセージを発することの重要性への認識が共有されていないことの顕れだろう。

開会式では、聖火の最終ランナーとしてテニスの大坂なおみ選手が登場した。しかし、彼女に対する差別的発言もオンライン上では見受けられ、また、セネガルにルーツのある演奏家の出演がその外見を理由に取りやめとなったという報道も見られ、日本社会における多様性とは「ちぎりとられた」(ケイン樹里安)、多数派にとっての都合のいいものに過ぎないことが如実に示された。

東京開催が決まって以降、五輪の「レガシー(遺産)」という言葉を度々目にする。例えば、持続可能性に配慮した調達コードが木材、農産物、水産物、紙など業種別に策定された。昨年10月にビジネスと人権に関する行動計画(NAP)策定とも相まって、日本企業のサプライチェーン上の人権に関する取り組みがこれによって少しでも前進したとすれば、それは少ないながらも正のレガシーだろう。

一方で、同じく、東京2020組織委員会が設置した、調達コードに関連するグリーバンス(通報受付)窓口への通報は、2021年6月時点で13件にとどまっている。この件数が実際の状況を反映したものなのか、あるいは窓口の周知が十分ではないといった課題はなかったのかどうか、今後、NGOなどから検証することが必要だろう。

開催にあたり、国際環境・人権NGOのRainforest Action Networkは、「声明:歓声なき東京五輪、破壊された熱帯林〜不十分な持続可能性と調達の失敗、問われる責任〜」を発表し、特に木材とパーム油の調達コードの問題点、そして通報受付窓口への改善点を指摘している。

選手にとっても、五輪は日頃の鍛錬の成果を発揮するのにとどまらず、人権に関するメッセージを出す場ともなり、実際に今回の五輪でも選手からの積極的なメッセージも見られる。政治的抗議を禁じる五輪憲章50条について、東京五輪では、その対象が特定の個人、国や組織を対象としないものであれば許容されるという新たな指針が示されたからだ。

例えば女性サッカーでは、イギリス代表チームによる人種差別への抗議を示す片方の膝を地面につける行為に各国の選手が倣い、人種差別を考えるきっかけにしたいとして、チームで話し合った結果として日本チームもこれを実施した。

また、スリランカの女子体操選手は、演技のフィニッシュのポーズに人種差別抗議の姿を取り入れた。イギリスの水泳男子飛び込みペアの選手は、金メダル取得後の記者会見では、自らの活躍から若い人たちが恐怖や孤独を感じさせないことができたらとLGBTコミュニティに対してもメッセージを出していた。

私個人としては、今、この時にオリンピックをわざわざ東京で開催する必要があったのだろうかという思いは相変わらず拭えないが、メダルの数だけに注目するのではなく、新型コロナにより分断が進むこの世界で、オリンピズム精神に立ち戻り「人権」によって人々が結びつく契機としたい。

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弁護士・佐藤 暁子

人権方針、人権デューディリジェンス、ステークホルダー・エンゲージメントのコーディネート、政策提言などを通じて、ビジネスと人権の普及・浸透に取り組む。認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長・国際人権NGOビジネスと人権リソースセンター日本リサーチャー/代表・Social Connection for Human Rights共同代表。一橋大学法科大学院、International Institute of Social Studies(オランダ・ハーグ)開発学修士(人権専攻)。

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キーワード: #ビジネスと人権

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