陰徳5人衆 「ショート・ショート」こころざしの譜(2)

作家・ジャーナリスト
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歳末の人込みでにぎわう夕暮れのアメ横を背に上野公園の方角へ5人の男が歩いている。みな長身でがっちりした体格だ。

コートの襟を立てているが、よく観察すれば、どこかで見たことのある顔だとわかるのだが、せかせかと家路を急ぐ人たちにそこまでの余裕はなさそうである。シャンデリアが輝く豪奢なホテルの隣に地味な事務所ビルがあり、男たちは静かにその玄関に吸い込まれていった。

エレベーターが9階で停まった。

「お待ちしていました。NPOの事務局長の木原です。どうぞ、中へ」

木原事務局長はソファーに座っている素朴な感じの白髪の男を紹介した。

「こちらが今回の地震で一番被害の大きかった熊本県のP村の村長さんです」

リーダー格の雪竹が立ち上がり、長身を折り曲げるようにして頭を下げた。

「村長さん、この度は大変なことで。木原事務局長には、東北を襲った大津波の時、母がお世話になり、それ以来の付き合いです。私は東北学園大学野球部の出身なんですが、あの時は、大リーグも春のキャンプが始まっていて帰国できず、東北に何の貢献もできなかった。今回は、大リーグの仲間に声をかけて、やってきました」

5人は並んでオファーに座った。ちょっとひょうきんそうなユータがいたずらっぽく笑いながら、「本来なら僕らが熊本まで出向かなくてはいけないところだけど、みんな、ちょっと顔が売れているもんで、まずいんですよ。売名行為と思われるのは御免だから。それで村長さんに上京してもらったんだけど、呼び付けたみたいで申し訳なかったね」

ユータは大リーグでも首位打者になるなど活躍している。日本でプレーしている時も障害者に安打の数だけ車いすを寄付したり、球場へ招待していたが、美談としてマスコミに取り上げられることを嫌っていた。

なんの、なんの、と村長はにこやかな姿勢を崩さなかった。

「知人の木原事務局長が雪竹投手と知り合いというので、山間の八町村を代表して駆けつけました。大リーグの有名選手と会えるなんて、こんなうれしいこつばないだけん。私は、日本の球団から石もて追われるようにして渡米しながら、米国で活躍し、オールスターにも出た寺山投手の大ファンでしてな。あの独特のフォーム、すごいだけんな」と村長から振られた寺山は、はにかみながら、ボソボソと話した。

「いや、運がよかっただけですよ。ただ、まだフリーエージェントの権利がなく、米国へ行くには日本の球団から任意引退にしてもらうほかなかったんです。そのために、お金でごねているふりをしたんですが、おかげで、日本中からカネの亡者みたいにバッシングを受けた時は辛かった。でもその時、ひとりの少年からもらった手紙に救われました。寺山さん、夢を追い続けてください。大きな字でそう書いてありました。あれで、前を向くことができた。その少年の出身地が熊本なんですよ。だから、今回、雪竹投手から話があった時、すぐ手をあげわけです」

その場にいた誰もが、ほう、と言った感じでうなずいた。

「俺はそんな恰好いい理由はないな」と大きな声を出したのは、小柄だががっちりした身体で、盗塁王を目指している横内外野手だ。

「俺は六大学の出身だけど、実家は熊本市なんだ。オヤジもオフクロも亡くなって家も売却したけど、お墓は残っている。田舎だからリトルリーグなんてしゃれたものもない時代だったから、野球を始めたのは中学校の軟式さ。そのころの野球仲間とも音信不通だけど、雪竹から誘われた時、せめてもの罪滅ぼしに、と思ったな」

雪竹が「故郷があるだけいいじゃないか。若いんだから、これからいくらでも恩返しできるぞ」とあいの手を入れて、重くなりかかった空気がいくらか和んだ。

場が落ち着いたところで、1人だけ発言していない階川投手に視線が集まった。関西の野球名門校の出身で甲子園でもノーヒットノーランを記録するなど飛ぶ鳥を落とす勢いで東京の人気球団にドラフト1位で入団、1年目から5年連続で20勝する快腕ぶりで、フリーエージェントを使い、高額の契約金でヤンキース入りした。

しかし、1年目に10勝したものの、肘を壊し、その後は泣かず飛ばず。3球団を渡り歩いたが、今シーズン限りで戦力外というのがもっぱらの噂である。

しびれを切らした雪竹が「階川の番だよ。正直、お前が、僕の話に乗ってくれたのは意外だった。日本にいた時から、お前は、王子様というか、人気者すぎて、付き合いが悪かったものな。それが突然、仲間に入れてくれ、と言うのでビックリしたよ」

端正な顔を伏せるようにして、しばらく沈黙していた階川は「迷惑でしたか」とポツリこぼした。「まさか」と口ごもった雪竹を、寺山が制した。「人にはいろんな事情がある。いちいち、参加した理由を聞くこともないだろう」。そうだ、そうだ、とユータが応じた。

木原が、でわ、そろそろと言いかけた時、階川が声をかけた。

「村長さん、Q村を知ってますか」

「Q村なら、隣の村だ。平家の落人部落でな。蛍がいまも生息しているんで有名なところだよ」

「昔、付き合っていた女性がいたんです」

雪竹は、階川の苦痛に歪んだ顔を見ているうちに、噂で聞いた、ある事件を思い出した。階川が大リーガーになった時、ニューヨークまで追いかけてきた女性がいた。結婚するはずだった。しかし、階川には妻子がいた。離婚しようとしたが、うまく行かず、落胆したその女性は自殺した。確か、そんな話だった。

「その彼女の生まれたのが熊本のQ村なんです。よく故郷の話をしていましてね。蛍の光の乱舞のことも何度も聞きましたよ。自然に囲まれた美しい村なんでしょうね。あんなに純粋でまっすぐな女性が育つところなんだもの」

階川は泣いていた、肩を震わせて。

「あんた、まだ若いんだから、いくらでも新しい道は見つけられる。よかったら熊本へ来てみないか。歓迎するよ」。村長の一言で、どっと歓声があがり、皆が階川の方をたたいた。

5人は一斉に立ち上がり、それぞれが無造作にポケットから百万円の札束を取り出した。村長は一人ひとりから、それを受け取り、大事そうにカバンに収めた。

男たちはあっという間に事務所を出ていった。まるで、一陣の風が吹き抜けるように。

(完)

作家・ジャーナリスト
愛知県生まれ、上智大卒。日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2016年12月28日(水)13:52

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