バチカン『最後の審判』、温暖化で来場者の汗が増えて修復へ

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記事のポイント


  1. バチカンのミケランジェロ作『最後の審判』が30年ぶりの修復作業に入った
  2. 温暖化で来場者の発汗量が増え、白い塩の膜がフレスコ画を曇らせた
  3. バチカンは空調増設と入場制限で名画の保全と観光の両立を目指す

バチカン美術館は、システィーナ礼拝堂のフレスコ画『最後の審判』の修復に着手した。ミケランジェロが1536~41年に描いた高さ約14メートル、面積180平方メートルの大作だ。来場者の汗や呼気から出る乳酸が壁面の成分と反応し、乳酸カルシウムの白い塩の膜が画面全体を覆った。温暖化でローマの気温が上昇し、発汗量が増えたことが膜の蓄積を加速させたと同美術館は説明する。(在テキサス編集委員・宮島謙二)

システィーナ礼拝堂のフレスコ画『最後の審判』

システィーナ礼拝堂には、毎年600万人以上が足を運ぶ1日あたり1万7000人が礼拝堂を訪れる計算だ。来場者の汗や呼気に含まれる乳酸が、フレスコ画表面の炭酸カルシウムと反応することで生じた乳酸カルシウムが、白い薄膜となってフレスコ画全体を覆っている。

バーバラ・ヤッタ館長はこの白い膜を「白内障のようなもの」と表現した。肉眼では確認しにくいが、フレスコ画本来の色彩を確実に曇らせていたという。

■ 温暖化で劣化が加速

白い膜の蓄積は、近年急速に進んだ。その背景の一部には気候変動がある。ローマの2024年の平均気温は、1991~2020年の平均と比べて約2.5℃上昇した。空調のない展示室を歩く来場者は、礼拝堂に着く頃には大量の汗をかくという。

バチカン美術館科学研究所のファビオ・モレッシ所長は、「気温上昇と発汗量の増加は、ほぼ確実に気候変動と関連する」と語った。2014年に空調・照明システムを導入したが、最大700~800人が同時に滞在する礼拝堂の環境を完全に制御するのは容易ではない。白い膜の問題は約2年前に判明し、検査で乳酸カルシウムと特定した。

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■ 世界の文化財にも迫る危機

温暖化が脅かすのはバチカンだけではない。米ワシントンのスミソニアン協会によると、ナショナルモール沿いにある11の博物館で洪水リスクが深刻化した。

かつて湿地帯だった場所に建つ国立アメリカ歴史博物館では、地下の収蔵庫が繰り返し浸水した。

航空宇宙博物館は、10億ドル(約1597億円)規模の改修で防水ゲートを設置し、収蔵品の一部をメリーランド州郊外へ移す計画を進める。

■ 和紙と蒸留水で丁寧にくすみを除去

『最後の審判』の修復の手法は意外なほどシンプルだ。和紙に脱イオン水を含ませ、フレスコ画の表面に当てると、数分で塩の膜が溶け、拭き取ることができる。ヤッタ館長は、「深刻な処置ではない」と強調する。

作業は2026年1月中旬に始まり、20人体制の2交代制で修復に取り組んでいる。祭壇背後にある『最後の審判』は段差があるため、通常の移動式足場では全面に手が届かない。2月23日に床から天井までの固定式足場を組み、実物大の複製画を印刷したスクリーンで覆った。復活祭前の3月末までに完了する予定だ。

■ 30年以上前に大修復

前回の大規模修復は1980年に始まり、1994年に完了した。特別メンテナンスと位置づけられる今回の修復は、規模が小さい。費用は米国の寄付者が負担する。2010年から続くシスティーナ礼拝堂の総合改修計画の一環でもある。

■ 来場者を制限せずに名画の保護へ

バチカンは今回の修復にあたって、来場者を大幅に減らす選択は取らなかった。代わりに、換気やろ過システムなど新技術の導入を検討する。2026年末までに上下階の展示室に空調を増設する計画もある。

マルコ・マッジ保存管理室長は、「予防的保存の目的は、今日の来場者に最良の条件を保証し、その権利を変わらぬ形で未来の世代に渡すことだ」と語った。

1994年に完了した修復前の年間来場者は約150万人だった。現在は600万人を超える。気候変動とオーバーツーリズム[KK1] という二重の圧力の中で、約500年の歴史を持つ名画をどう守るか。バチカンの挑戦は続く。

KENJIMIYAJIMA

宮島 謙二

テキサスA&M大学で気候変動を中心に学士(環境学)と修士(地球科学)を取得。気候変動に関する日本語の情報が少なかったため、英語で発信される情報を日本語で伝える『気候変動の向こう側』のブログとTwitterの運営を始める。フリーライター。テキサス州ダラス在住。

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キーワード: #気候変動

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