KADOKAWA、ビジネスと「読書バリアフリー」実現の両立目指す

記事のポイント


  1. KADOKAWAは、ビジネスの成長と「読書バリアフリー」実現の両立を目指す
  2. 視覚障がいなど「読書困難者」が読める書籍は、先進国でも約7%にとどまる
  3. オーディオブックなどの提供を通して、経済性とアクセシビリティを両立する

KADOKAWAは、チャリティーではなくビジネスとして、「読書バリアフリー」の実現に取り組む。視覚障がいなど「読書困難者」が読める書籍は先進国でも約7%にとどまり、これは「本の飢餓」と呼ばれてきた。出版部門を統括する青柳昌行執行役と、社内横断プロジェクトを推進する公募プロジェクト推進課の長谷川高史氏に、「持続可能なビジネス」としての可能性を聞いた。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長=伊藤芳浩)

■「読書困難者」が読める書籍は約7%

「本を読みたくても、読めない」——そうした状況に置かれている者が、日本には多くいる。

視覚障がいのある者は、文字や絵が見えないために通常の印刷物にアクセスできない。ディスレクシア(読み書き障がい)のある者は、文字を正確に認識することが難しく、読み飛ばしや文字の混同が生じてしまう。肢体不自由のある者は、本を手に持つことやページをめくる動作自体が困難な場合がある。また、加齢や精神・知的障がいにより、文字の意味の理解が難しくなる者もいる。

こうした「読書困難者」が実際に読める書籍の割合は、先進国でさえ全出版物の約7%にとどまると世界盲人連合(World Blind Union)は推計している。この状況を指す言葉が「本の飢餓(Book Famine)」である。

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2019年、「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(通称:読書バリアフリー法)が施行された。この法律は、視覚障がい者だけでなく、聴覚障がい・肢体障がい・精神障がい・知的障がい・発達障がい・学習障がいなど、障がいにより視覚による表現の認識が困難なすべての人を対象に、読書環境の整備を社会全体で推進することを定めたものである。

しかし、施行から6年以上経った今も、出版コンテンツのバリアフリー化は「十分に進んでいるとは言えない」状況が続いている。

こうした課題に、ある出版社が真正面から向き合い始めている。

KADOKAWAは電子書籍16万点・オーディオブック2,000点超という実績を積み上げながら、さらなる一歩を踏み出しつつある。出版部門を統括するChief Publishing Officerの青柳昌行執行役と、社内横断プロジェクト「障害者とそのご家族 応援共生プロジェクト」を推進する公募プロジェクト推進課の長谷川高史氏に、その志と現在地、そして「持続可能なビジネス」としての可能性を聞いた。

■ KADOKAWAの主な読書バリアフリーの取り組み(2025年時点)
・電子書籍: 累計16万点(うちTTS=音声読み上げ対応 32,000点) ※2025年8月末時点
・オーディオブック: 2,000点超(文芸・ライトノベル・新書・実用書など)
・KADOKAWAグループ勉強会: 2025年は野口武悟教授(専修大学)を、2026年は野口教授と小学館 マーケティング局 アクセシブル・ブックス事業室 木村匡志氏を講師として招き実施(各回約200名参加)
・合理的配慮の推進: 平雅夫教授(星槎大学)監修の「ヒント集」作成および正社員・契約社員対象のeラーニング実施

■「お客様への合理的配慮の実践」が根底に

2024年4月1日、改正障害者差別解消法が施行され、事業者による障がいのある方への「合理的配慮の提供」が義務化された。「合理的配慮」とは、障がいを個人の問題(医学モデル)ではなく、社会の側の壁が障がいを生む(社会モデル)という考え方のもと、社会的障壁を除去するための必要かつ合理的な措置のことである。

KADOKAWAではこの流れを受け、星槎大学の平雅夫教授の監修のもと「KADOKAWA合理的配慮ヒント集」を作成した。2024年度は管理職を対象に、2025年度は正社員・契約社員を対象に合理的配慮eラーニングを実施した。

さらに2026年1月28日〜2月19日には、文字・活字文化推進機構の協力のもと、バリアフリー図書の種類や特徴を紹介する社内展示会を開催した。点字付き触る絵本、大活字本、LLブック(ピクトグラムや平易な文章で作られたわかりやすい本)、布の絵本、多言語絵本など多様なバリアフリー図書を従業員が実際に手に取り、理解を深める機会となった。

バリアフリー図書 KADOKAWAグループ展示会の様子
バリアフリー図書 KADOKAWAグループ展示会の様子

「出版社にとって、読書バリアフリーとはすべての読者にコンテンツを届けること、つまり『お客様への合理的配慮の実践』という側面がある。この視点が、KADOKAWAの取り組みの根底だと思う」と長谷川氏は語る。

■転機は市川沙央さんの芥川賞受賞

「今回の取り組みのきっかけは、3年前に立ち上げた社内プロジェクトにある」と長谷川氏は言う。KADOKAWAのプロジェクト公募制度を通じて発足した「障害者とそのご家族 応援共生プロジェクト」は、多様な障がい者雇用の促進と家族支援を目的に、グループ横断のプロジェクトとして運営してきた。

転機となったのは、2023年7月、重度障がい者の市川沙央さんが『ハンチバック』で第169回芥川賞を受賞したことだ。重度障がい者を主人公とした本作は、衝撃的な内容だけでなく、遅々として進まない日本の読書バリアフリー環境にも一石を投じた。

授賞時の記者会見で、読書バリアフリーが進まない苛立ちが執筆の動機だと市川さんは語っている。その後、読書バリアフリーのリサーチを開始し、2025年2月、専修大学の野口武悟教授を講師に迎え、グループ内勉強会を初開催した。

その場で長谷川氏が初めて耳にしたのが「本の飢餓(Book Famine)」という言葉だ。

「当たり前のように本を読める環境にいると、本が読めなくて困っている方がたくさんいるという現実に、なかなか気づけないものです。その現実をストレートに伝えてくれる言葉だと思いました」(長谷川氏)

野口教授が紹介した「本の飢餓」という言葉は、欧米の読書バリアフリー活動で使われてきたものである。勉強会を機に、KADOKAWAの取り組み状況を社会に示すため、2025年12月、初めての読書バリアフリー特集ページを公開した。

※参考URL:https://group.kadokawa.co.jp/sustainability/project/reading-accessibility.html

しかし長谷川氏は、完成後に達成感よりも強い現実を突きつけられたと言う。「作ってみて正直、まだまだだなということが非常によくわかった」──。

「読書バリアフリーに関するリサーチを始めてから、様々な事実を知りました。当事者の方々に直接話を聞く機会もまだほとんどなかったので、バリアフリー図書の制作方法ひとつをとっても、自分たちがいかに現場を知らないかを痛感する日々でした」(長谷川氏)

「特集ページの作成には2025年夏から着手しましたが、原稿作成において、電子書籍やオーディオブックの制作などKADOKAWAが取り組めていることがある一方で、まだできていないこともたくさんあることを再認識しました」(同)

■一過性ではなく永続的な取り組みを

執行役 Chief Publishing Officerとして出版部門を統括する青柳昌行氏は、長谷川氏などからプロジェクト協力の話を受けた時の判断基準をこう語る。

「1回限りだと思うなら、応援しない。花火を上げるだけなら意味がない。続けられると思ったから、背中を押しました」(青柳氏)

「出版はやはり、熱意を持った人間がやるのが一番いいものを生む。サステナビリティでも読書バリアフリーでも、強制的にやらされるより、やりたいという人間がやる方がきちんとしたアプローチになる。初めて会社のムーブメントとして継続的にやりたいと言ってきたので、応援することにしました」と青柳氏は続けた。

取締役 代表執行役社長 CEOの夏野剛氏も障がい者雇用への関心が元々あり、プロジェクト発足当初から後押しがあったとのことである。青柳氏が継続性の手がかりとして重視したのは「後に続く人間をどう育てるか」であった。一過性のイベントではなく、永続的な取り組みにすることを最初から見据えていたのである。

■視覚特別支援学校で当事者の声を聞く

ビジネス界で近年注目されているキーワードのひとつが「リプレゼンテーション(Representation)」である。

本来は「代表・表現」を意味するこの言葉は、障がいや多様性の文脈では「当事者が意思決定の場に参加し、自らの経験や声がコンテンツや施策に正しく反映されること」を指す。読書バリアフリーの分野でもこの当事者性の欠如が課題となっている。

「読者として捉えた時に、まだまだリサーチが足りず、当事者の声を十分に聞けていないと実感している」と長谷川氏は率直に述べる。

視覚特別支援学校(盲学校)を訪問し、先生が点字付き触る絵本をどのように読むかを実際に見学したのも昨年のことであった。「実際にその場で見たのは初めてだった。やはりそういう本を必要としている方がいるという気持ちが非常に強くなった」(長谷川氏)

2026年度は当事者へのインタビューや現場取材の機会を増やす計画とのことである。「社内セミナーにも、いつかは当事者の方に来ていただきたい」という青写真も描いている。

「コンテンツを届ける立場として、届けたい相手のことを正しく知ることが出発点だ。当事者の方々の実際の困りごとや体験を理解した上でアクセシビリティを考えていかなければ、本当の意味での変化は生まれない」(青柳氏)

■電子書籍の「音声読み上げ」普及への道のり

電子書籍は、文字サイズを自由に拡大できるため弱視の方が読みやすくなるほか、TTS(Text to Speech=テキスト音声読み上げ機能)に対応していれば視覚障がいや学習障がいのある方でも内容にアクセスできる。

また、画面タップでページが変わるため、ページをめくる動作が困難な方への負担も少なくなる。こうした特性から、電子書籍は最も身近なバリアフリー図書のひとつとされている。

KADOKAWAが保有する電子書籍は累計16万点(2025年8月末時点)。うち32,000点がTTS(音声読み上げ)に対応している。しかし20年以上前の黎明期から今日に至る道のりは、決して平坦ではなかった。

最大の壁は著者からの理解を得ることであった。「電子書籍が増えたら紙の本がなくなる」「自分の本は紙で読むために作っている」——著名な作家からもそういった声が挙がり、電子化を一切許さないという者もかつては少なくなかったという。

「紙の本への売上影響」「違法利用への対応策」といった懸念事項を社内で事前に研究・議論し、丁寧な説明内容を整えた上で、手紙や電話で個別に連絡を取り続けた。

刊行が古い作品は当時の担当編集者がすでに不在のケースも多く、関係性のないまま連絡するトラブルも多数あったとのことである。それでも粘り強く対話を続けた結果、今では電子書籍の良さを実感している著者が大半だと言う。

「私自身も今年60になるが、紙より電子で読む方が読みやすくなっている。弱視の方はスマホやタブレットで拡大できるだけでも格段に読めるようになる。そういうニーズとの対話が、著者の方々の認識を変えていった」(青柳氏)

■オーディオブックは経済的にも成立し得る

電子書籍のバリアフリー機能として注目されるTTSは、一定の支持を集める一方で、合成音声であるがゆえに作品の「情緒」を伝えることに限界があるという意見もある。その点をどう考えるかを問うと、青柳氏は明快に答えた。

「声優さんが感情を込めて読む朗読劇は、それ自体が一つのコンテンツになる。本来それが理想なんです。でも経済合理性だけを考えると、合成音声の方が広く伝わる。そのバランスなんですよ」(青柳氏)

オーディオブックは、ナレーターや声優が読み上げた音声で書籍を楽しめる「耳で読む本」である。KADOKAWAは2007年頃からオーディオブックの取り組みを開始し、すでに2,000点以上をラインアップしている。

オーディオブックは、目や手を使わず耳で聴く読書ができるため、通勤・家事・運動中など隙間時間を活用しながら読書ができる。視覚障がい者でなくても広く利用できるため、「オーディオブックは経済合理性とアクセシビリティの同時成立が可能な媒体」だと青柳氏は言う。

■「アクセシビリティはチャリティーではなく、ビジネスだ」

グループ内勉強会で参加者の反応が最も高かったのがこの一言であった。

2025年2月の第1回・2026年2月の第2回、いずれも約200名が参加。第2回では、大手出版社の中で読書バリアフリーに古くから取り組み、専門部署を立ち上げた、小学館 アクセシブル・ブックス事業室の木村氏を講師として招いた。その際のメッセージが、KADOKAWAの社員に深く刺さったという。

長谷川氏はその手応えをこう振り返る。

「ビジネスとして意識することと、他社との連携・情報発信が重要だというメッセージへの反応が強かった。それと、紙の本を購入したものの、そのままでは読めない視覚障がいのある読者などにテキストデータを提供する取り組みがあるんだという情報への反応も非常に高かった」(長谷川氏)

一方で、すべての取り組みに経済合理性があるわけではない。点字付き触る絵本の制作コストは「通常の出版とは次元が違う」ものである。全国で数社しかない特殊印刷会社に見積もりを依頼したところ、普通に出版したら収支が非常に厳しいという現実が判明した。

「一番たくさん触る絵本を出している出版社でも10冊以下です。経済的に難しいので次が出せないというところで止まっている会社も多い。課題は経済の問題と技術ノウハウの問題の2つです。一つの出版社では10年で1冊しか出せないとなると、そのノウハウも失われてしまう」(青柳氏)

■テキストデータ提供は業界全体の課題

視覚障がい者などが書籍のテキストデータを受け取れる「テキストデータ提供」も、現在リサーチを進めている段階である。小説のような文字主体の書籍は比較的抽出が容易だが、図版・表・色分けが多い複雑な書籍は、コストも手間も格段に大きくなる。

「実用書のテキストデータがほしいというニーズを実際に聞いています。でも、そういう本は構造が非常に複雑で、色で表現されていたり絵や図が入っていたり。どうテキストに変換してお渡しすればいいか、まだわからない状態です。シンプルなものの2倍、3倍のコストがかかる可能性もある」(長谷川氏)

「これは1社ではできない話です。出版業界全体でどう取り組むかを考えないと、本当の意味での持続可能性は難しいと思います」(青柳氏)

AIや技術革新による自動化・コスト低減への期待は大きく、技術の進化とともに経済合理性は確実に上がっていくと両氏は見ている。

■「1億2000万人全員に届けることが、本質だ」

出版物を「誰もがアクセスできる公共の文化インフラ」として磨き上げることの意義について、青柳氏はこう言い切る。

「これは義務でも特別な配慮でもなく、本質の話です。メディアというのは、1億2000万人がいたら1億2000万人に情報とコンテンツが届かなければいけない。それがそれぞれの媒体の本質だと思っています」(青柳氏)

業界横断での情報共有文化も、変化の予兆だと長谷川氏は言う。「アクセシブル・ブックスに取り組む出版社が集まる会では、様々な情報が飛び交う。皆さん会社の垣根を越えて、この分野を業界として成長させようという意識が非常に強い」と語る。

「私たちがもがきながら積み上げてきたノウハウが聞きたいのであれば、いつでも共有します。同じ志を持つ出版社がいるなら、一緒にやっていきましょう」(青柳氏)

また、電子書籍という形式が持つ可能性は、音声読み上げにとどまらない。デジタルフォーマットを活かした新しいアクセシブル・コンテンツの可能性など、技術の進化とともに実現の可能性が広がっている。

KADOKAWAの取り組みは、まだ始まったばかりである。電子書籍16万点・オーディオブック2,000点という実績はある一方で、課題は山積みだと自覚している。それでも「持続可能性」を核心に据え、「チャリティーではなく、ビジネスとして」向き合おうとする姿勢は、「本の飢餓」に苦しむすべての読者への確かな応答になっている。

左からKADOKAWA 執行役 Chief Publishing Officer 青柳昌行氏、NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長 伊藤芳浩
左からKADOKAWA 執行役 Chief Publishing Officer 青柳昌行氏、NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長 伊藤芳浩

【取材を終えて】NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長 伊藤芳浩

KADOKAWAの取り組みは、読書バリアフリーを「チャリティー」ではなく「持続可能なビジネス」として捉え直す重要な転換点を示してくださっていると感じた。

電子書籍やオーディオブックという既存の取り組みが、そのままバリアフリーにつながるという事実は、特別なコストをかけずとも今すぐできることがある、というメッセージだ。

一方で、点字付き触る絵本のコスト問題やテキストデータ提供の複雑さなど、まだ多くの課題が残っていることも確かだ。「まだまだだな」と正直に言える姿勢こそが、次の一歩につながるのではないだろうか。

NPO法人インフォメーションギャップバスターとしては、こうした取り組みを広く社会に伝えながら、出版業界全体の読書バリアフリー推進を後押ししていきたい。KADOKAWAの挑戦が、業界の新しい当たり前をつくる一歩となることを、心から期待している。

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伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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キーワード: #アクセシビリティ

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