お酒のおかげで座がいくらか和んだ。ケイと頭取、二人の馴れ初めがポツリ、ポツリと語られる。銀行の支店にケイが絵を売り込みに行ったのがキッカケだという。
「支店長から私のところに連絡が入ってね。若い女の子が絵を買ってほしいと飛び込みで訪ねてきたが、どうしますかというわけだ」
「支店長はんが写メでうちの絵の写真を送信してくれはったん」
ケイは昆虫・植物画家で、毛虫や根っこばかり描いている風変わりな作風だ。
「その絵は竹の地下茎の絵でね。猛烈なエネルギーに満ちていて一目で気に入ったんですわ」
ケイには狂気じみたところがあり、蜘蛛の心を知りたいと深い森の奥に入り込み毒蜘蛛と何日も一緒に過ごしたりした。
「家内はずいぶん前に亡くなっており、それをきっかけに個展に足を運ぶようになって。ケイさんの作品にも人柄に惚れたんだよ。そういう中で芸術家が生きていくというのは金銭的な苦労が絶えないと、ようくわかった」
ケイは祖母、母から3代続く京都の女流画家である。会社やお店を訪問して絵を売るのだが、そうそう簡単に買ってもらえるものではない。
現在は鎌倉に住んでいるというのでうらやましく思ったこともあるが、山あいのあばら家で洗面所も風呂もない。ホテルで会うといつも長い時間をかけて髪を洗うので、不思議に思って聞くと「うちの家、お風呂がおへんのどす。夏は川の水で行水どすけど冬は髪を洗えへんの」
確かに常識を超えた女だが、それにしても、歳の差がなあ。そんなことを考えていると、頭取が突然「私はもう長くないんだ」としんみり言う。「高齢だし、もともと病弱なんで」。
「はあ」
「それで、ケイさんのために何かしてやれないかと考えてね」
「ええ」
「思いついたのが年金というわけだ。いま、銀行の方は実質的に引退しているので、かなりの年金をもらっているが、死ねばゼロ。でもね妻なら年金を受け取れる。それで結婚を申し込んだんだ」
頭取は少し照れ笑いした。年金の結婚プレゼントとはよく気がついたものだ。ケイが頭取に何かささやく。
「そうそう、それで、今日、わざわざ来てもらったのは大事なお願いがあるからなんだ」
頭取は一瞬、間を置いたが、咳ばらいをすると、
「結婚する以上は、ケイは私の妻です。ケイとあなたのこれまでのことは知っているが、これを機に会うのは遠慮してほしい。もう会わないでください」
横目でケイをうかがうと、黙って下を向いている。
結婚プレゼントは年金
キーワード: