記事のポイント
- 米エネルギー省が気候変動の影響を過小評価する異例の報告書を公表した
- 著者の利益相反や誤情報も多く、信頼性に欠けると各方面から批判が相次ぐ
- トランプ政権はこの報告書を、温室効果ガスの危険性認定の撤回に利用すると見られる
米エネルギー省は7月、正式な手続きを踏まずに異例の短期間で、気候変動の影響を過小評価する報告書を作成した。その内容は、著者の利益相反や誤情報も多く、信頼性に欠けると各方面から批判を浴びている。トランプ政権はこの報告書を、温室効果ガス(GHG)の危険性認定の撤回に利用する見込みだ。もし、GHGの危険性認定が撤回となれば、気候政策は後退しかねず、専門家は、「科学的合意を無視した政策転換は、社会全体に深刻なリスクをもたらす」と警鐘を鳴らす。(米テキサス州・宮島謙二)

米エネルギー省(DOE)は2025年7月、「温室効果ガス排出が米国の気候に与える影響に関する批評的評価」と題する報告書を発表した。報告書は、GHG排出が米国の気候に及ぼす影響を再評価することを目的としている。しかし、その結論は、「温暖化の影響は限定的で、社会に深刻な損害をもたらす証拠は乏しい」というものであった。
執筆を担ったのは、いずれも過去に気候変動リスクを軽視する発言や論文で知られる4人の科学者と1人の政治学者だ。作成期間は数カ月で、幅広い分野の専門家が数年かけて関与する標準的な手続きとは大きく異なっていた。
DOEは、「政策立案の核には、誠実な検証と科学的透明性が置かれるべき」としているが、報告のスタイルや内容には、温暖化リスクを小さく見せることに狙いがあったことがにじみ出ている。
■執筆陣は気候変動懐疑論者ばかり
DOEの報告書が異例ずくめなのは、米国政府が定期的に発行する国家気候評価(NCA)と比較すると、より際立つ。
直近の「第5次国家気候評価(NCA5)」は、500人の著者と250人の技術協力者が関与し、3年にわたる調査と公開レビューを経て完成した。「NCA4」でも、13の連邦機関と300人規模の科学者が関わっており、透明性と科学的合意形成の過程が制度として確立している。
DOEの報告書は、著者の少なさと専門性の偏りが際立つ。5人の著者は、いずれも気候変動を軽視・過小評価する傾向がある。気候変動懐疑論を唱えてきた保守系シンクタンクGWPFやハートランド研究所とのつながりがある人物も含む。主流の気候科学に懐疑的立場の専門家を意図的に選んだことは明らかだ。
■誤情報や誤解を招く表現は100を超える
報告書の内容も、著者の立場を反映している。「熱波は増えていない」、「海面上昇は加速していない」、「極端現象の増加傾向は不明確」といった論点が並ぶ。
気候変動・政策を専門的に扱う英カーボン・ブリーフが実施したファクトチェックは8月14日、報告書は100以上の間違いや誤解を招く記述を含んでいると指摘した。
8月27日には米国気象学会(AMS)も、「データのチェリーピッキング」、「専門性の欠如」、「科学的合意の歪曲」などを理由に、「科学として根本的な欠陥を抱えた報告書」だと厳しく断じた。
9月18日には、85人の著名な気候科学者が480ページに及ぶ意見書をDOEに提出し、この報告書を「科学的な信頼性がない」と結論づけた。
意見書は次の4点を強調している。第一に、著者が少数の懐疑論者に偏っており、分野外での執筆も多いため基本的な誤りが散見されること。第二に、外部による査読も透明性もなく、密室で作成されたこと。第三に、古い研究や自己引用を意図的に選んで主流の科学をゆがめたこと。第四に、結論が初めからEPAの危険性認定を覆すことに決められていたことだ。
科学者たちは、こうした欠陥が致命的なため、政策判断に用いることは正当化できないと警告した。
■排出規制の緩和に利用する算段か
問題は、この報告書が単なる学術的議論にとどまらない点だ。
米トランプ政権下の環境保護庁(EPA)では、2009年に温室効果ガスを「人の健康に有害」と定めた「危険性認定」を撤回する準備が進む。今回のDOEの報告書は、その根拠として利用される可能性が高い。
もし危険性認定が撤回されれば、公衆衛生にも影響する自動車の排出規制などが大幅に緩和され、気候政策は後退しかねない。化石燃料産業に有利な政策への転換が現実のものとなる。
■DOEの報告書に反論した科学者の懸念は
DOE報告書に反論する意見書をとりまとめた科学者の一人、テキサスA&M大学大気科学科のアンドリュー・デスラー教授は、筆者の取材に対し、「DOE報告書はEPAによる危険性認定の撤回の根拠として使われる恐れがある。化石燃料に有利な気候政策に大きく転換させかねない」と警鐘を鳴らす。

デスラー教授はさらに、「DOE報告書の目的は、議論に勝つことでも、人類への被害を否定することでもなく、ただ不確実性を生み出すことだ。悲しいことにその点で効果を発揮するかもしれない」と語った。
教授はまた、報告書が企業や政策に与える影響について、「危険性認定が覆されれば、脱炭素政策に大きな影響を及ぼす」と指摘する。報告書の科学的な信頼性が揺らいでいたとしても、EPAが法的・手続き的な論点を根拠に規制を撤回する可能性があると警戒を示した。
■将来世代への甚大なリスクの押し付けは許されない
科学的合意を軽視し、少人数による短期間の作業でまとめた報告書を根拠に規制を揺るがすことは、反科学的な潮流を助長する行為だ。
気候変動が深刻化する中で、このような動きは将来世代に甚大なリスクを押し付けるものだ。DOE報告書をめぐる議論は、科学と政治の対立の最前線であり、民主主義と持続可能性の根幹を揺るがす試金石になっている。