「黒川清賞」のフィリピン人医師、プラネタリーヘルス訴える

記事のポイント


  1. 革新的な医療政策リーダーを表彰する第1回黒川清賞に、フィリピン人医師が選ばれた
  2. 受賞したギント氏は、気候変動と健康の交差する領域での先駆的な活動が評価された
  3. 同氏は、熱波が過ぎれば忘れ去られるスピードも速いと憂慮する

2月1日、都内で開催した「医療政策サミット2025」で、フィリピン出身の医師でシンガポール国立大学デューク-NUS医科大学のレンゾ・ギント准教授が、第1回「黒川清賞」を受賞した。同賞は、革新的な医療政策リーダーを表彰するものだ。ギント氏は、プラネタリーヘルス(地球の健康)の先駆者としても知られ、気候変動と健康の交差する領域での革新的な医療政策の提言などが評価された。ギント氏は、熱波もパンデミックのように「忘れ去られるスピードが速い」と憂慮する。(オルタナ副編集長=北村佳代子)

 日本医療政策機構の黒川清理事・終身名誉チェアマン(左)と
第1回「黒川清賞」を受賞したレンゾ・ギント医師(右)
(写真提供:日本政策医療機構)

医療政策シンクタンクの特定非営利活動法人日本政策医療機構(東京・千代田)は2月1日、都内で開催した「医療政策サミット2025」で、革新的な医療政策リーダーを表彰する第1回「黒川清賞」を発表した。

黒川清賞とは、革新とサステナビリティを軸に、地域と世界の課題に取り組み、医療政策の変革を推進する力となる次世代のリーダーや団体を表彰するもので、今年創設した。

第1回黒川清賞を受賞したのは、シンガポール国立大学デューク-NUS医科大学シンヘルス・デューク-NUSグローバルヘルス研究所(SDGHI)のレンゾ・ギント准教授だ。気候変動と健康の交差する領域で、政策提言や教育、研究など、国際的なリーダーとして活躍してきた。

同氏はまた、地球環境と人間の健康とが相互に影響し合うメカニズムを探求する「プラネタリーヘルス」という新しい学際分野の先駆者としても知られる。

■「プラネタリーヘルス」と両立しうる熱波対策を提言する

アジアでも熱波による健康被害がより一層深刻化する中で、ギント氏は政策立案者に対し、公衆衛生への備えだけでなく、「住宅」「交通」「水」といった他の分野にも優先的に取り組むべきだと提唱する。その上で、プラネタリーヘルス(地球の健康)との両立も重視する。

例えば、熱波に備えるための住宅の対策として、「スラム街などに住み経済的にも困窮する脆弱な人たちに、エアコン完備の住宅に住むよう促すだけでは十分ではない」と断じる。

エアコンは高価なのに加え、電力消費量も膨大だ。世界全体の温室効果ガス(GHG)排出量の3.9%を占めるとの研究結果もあると、ギント氏は指摘する。

そこで、より現実的な代替案の一つとして、インドネシアやシンガポールなどで広がりつつある「クールルーフ」塗料の活用を挙げる。これは、屋根材に日射反射率が高い白い塗料を塗るもので、低コストで、かつエアコンを使わずに、室内の温度を下げることができるという。

交通での熱波対策は、効率性、経済的負担の少なさ、環境の持続可能性、安全性、快適性、健康などの要素をすべて考慮して、統合的に再設計する必要がある。

アジアの低中所得国では、人々は通勤のために、過密したバスに乗ったり、うだるような蒸し暑さのプラットフォームで長時間列車を待ったりと、極端な気温に頻繁にさらされる。

「フィリピンやインドネシアなどの国々では、排出量削減の観点からEVの導入が進むが、EVに、エネルギー効率の高い断熱・遮熱技術も組み込めば、人々にとってより快適な移動手段となるだろう」とギント氏はオルタナに具体策を説明する。

「また、生活に必要なサービスをすべて徒歩15分圏内に配置することで、徒歩での移動や公共交通機関の利用を促す『15分都市』のコンセプトも注目を集め始めている。このような都市の設計では、歩道やバス停の待合所、公共交通の設備にも遮熱対策を施し、暑さから人々を守る工夫も欠かせない」(同)

水の供給についても、使い捨てのペットボトルで水を配ることは暑さ対策には役立つかもしれないが、ゴミ汚染や気候変動の一因になり、結局はプラネタリーヘルスにつながらないと指摘する。

■深刻な熱波の影響を受ける「ニューノーマル」時代に

ギント氏は、異常な熱波は公衆衛生や経済にも大きな影響を与える一方で、ひとたび過ぎれば忘れ去られるのも速いと憂慮する。その点は、感染症によるパンデミックと類似しているという。

パンデミックの発生当初は、各国政府も莫大な資金やリソースを投入して対応策を講じる。しかし事態が収束すると、リスクをさらに軽減するための予防策への投資は怠る(ネグレクト)。このサイクルを「パニックとネグレクト」と呼ぶが、ギント氏は、熱波対策でも同様のサイクルが見られるという。

ギント氏の母国フィリピンも、2024年には50℃近くまで気温が上昇する日が続き、「学校は休校となり、救急外来への来院者数が急増し、生産性が低下し、在宅勤務が復活した」(ギント氏)。

アジアでは今後、さらに熱波が深刻化することが予測される。この「ニューノーマル」時代を生き延びるには、各国の保健医療政策に熱波への対策を組み込むと同時に、医療体制もさらなる備えの強化が必要だ、と力をこめた。

■熱中症患者を診る現場の医師らへの研修・教育も重要

医療体制における熱波対策の強化策も具体的に提示する。

各国の「疾病サーベイランスシステム」(病気の発生状況や変化を継続的に監視・分析し対策を講じるシステム)は、暑熱の影響を考慮したものにアップデートし、各医療機関においても、輸液や熱中症対策の冷却ベストなどを適切に供給できるよう備えることが極めて重要になる、と提言する。

「私の医学生時代は、残念なことに、熱中症のような暑熱関連の疾病や臨床管理について、軽く触れる程度でしか学ばなかった」とギント氏は振り返る。

暑さで具合が悪くなった患者を最初に診るのは、救急医や地域医療従事者、かかりつけ医などのプライマリ・ケアの提供者であることが多い。ギント氏は、こうした現場の医師らに対しても、極度の暑熱と健康への影響などを、研修を通して教育していくことの重要性を説く。

「地球の気温が驚くべき速さで上昇している今、私たちは温暖化する世界に適応する以外に選択肢はない。同時に脱炭素化を加速すれば、熱波の発生頻度や強度を抑えられる。化石燃料を燃やすのをやめるよう、政府や企業に働きかけることで、本当の意味での熱耐性が構築される。そしてそれは、プラネタリーヘルスの改善にもつながる」(ギント氏)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

オルタナ副編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部。

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キーワード: #気候変動

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