豪出身格闘家が「日本のシングルマザーの貧困」問題を映画に

記事のポイント


  1. 豪出身の格闘家が「日本のシングルマザーの貧困」のドキュメンタリーを制作
  2. 日本のシングルマザーの2人に1人が「相対的貧困」状態にある
  3. 統計データや海外の状況とも照らし、当事者の声や有識者の見方を届ける

オーストラリア出身の映画監督が、日本のシングルマザーの貧困問題のドキュメンタリー映画を制作した。日本ではシングルマザーの2人に1人が、「相対的貧困」に直面している。映画は、シングルマザー当事者や支援NPOの声とともに、統計データや海外の状況とも照らして日本の貧困問題の構造的な課題を提起する。(オルタナ副編集長・北村佳代子)

ドキュメンタリー映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』

ドキュメンタリー映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境(原題はThe Ones Left Behind: The Plight of Single Mothers in Japan)』を制作したのは、オーストラリア出身で日本在住20年になるライオーン・マカヴォイ監督だ。マカヴォイ監督は、「藤原ライオン」のリング名で、日本のプロレス界でも活躍する。

本映画は今年2月、文部科学省の教育等映像審査での選定作品に選ばれた。ほかにも、宮古島国際映画祭ドキュメンタリー部門最優秀作品賞や、石垣島湘南国際ドキュメンタリー映画・長編部門観客賞を受賞している。

■外から見えづらいシングルマザーの貧困

ライオーン・マカヴォイ監督

「日本に長く住んでいるが、日本は先進国で、ミドルクラス以下の生活をしている人はいないというイメージがあった」とマカヴォイ監督はオルタナの取材に答える。

「シングルマザーの貧困問題を知り、それをテーマに映画を制作しようと、当事者に話を聞いたり、子ども食堂やNPO法人などに話を聞いた。聞けば聞くほどその深刻さに驚き、とてもショックを受けた」(マカヴォイ監督)

「日本では、苦しい、助けてほしい、と、人に支援を求めることを恥だと考える傾向がある。一人で子どもを育てることになったことを、自分の責任だと思い、困窮していることは仕方ない、とあきらめているシングルマザーもいる。そして、外向けには、自分たちは困っていて、貧困状態にある、ということを隠している人も多い」(同)

ドキュメンタリーには、シングルマザー当事者や、子ども食堂、ひとり親世帯を支援するNPOのハートフルファミリーのほか、国内外の有識者も登場する。そして、さまざまな統計データと、生の声から、日本の構造的な社会課題を浮き彫りにする。

■シングルマザーの2人に1人は「相対的貧困」

日本のシングルマザーの2人に1人は「相対的貧困」の状態にある。これは、シングルマザーの2人に1人が、年127万円未満の手取り額で子どもを育てながら生活している、ということだ。

年127万円という数値は、厚生労働省が発表する「貧困線」(2021年)の数値だ。貧困線の数値は、国や算出年によって異なるが、この貧困線に満たない状態を「相対的貧困」という。

厚生労働省の調査では、「子どもがいる現役世帯のうち大人が一人世帯の貧困率」(相対的貧困率)は2021年に44.5%だった。なお、この「大人が一人世帯」には、シングルファザー世帯も含まれる。

シングルマザーの貧困は、子どもの貧困にも直結している。日本の子どもの「7人に1人」が貧困状態にあると言われる。

ドキュメンタリーの中で、日本女子大学人間社会学部現代社会学科の周燕飛教授も、シングルマザーの貧困と子どもの貧困の密接な関係を指摘する。そして、海外事例として、英・ブレア政権が子どもの貧困問題を1世代で解消しようと取り組んだ社会保障政策を紹介する。

■日本固有の構造的な社会課題が浮き彫りに

「日本のシングルマザーは、先進国のシングルマザーの中で最も働いているにもかかわらず、日本の中で最貧困層にいる」。映画の中でそう話すのは、豪グリフィス大学客員教授のグレッグ・ストーリー国際政治学博士だ。

日本のシングルマザーの就業率は85%と、OECD加盟国の中でも高い水準にある。それでも、シングルマザーの多くが相対的貧困に陥らざるを得ない背景には、正規・非正規労働者間の賃金格差、男女間賃金格差、シングルマザーと既婚マザー間での賃金格差がある、と指摘する。

映画は、離婚後の養育費の不払いが横行している現状にも焦点を当てる。春日法律事務所の春日秀文弁護士ら有識者も、「個人的な交渉に頼らざるを得ない」日本の法制面での不備を指摘する。同時に、欧米で導入されている、養育費を強制的に徴収していく仕組みも紹介する。

■「映画を観て感じたことを行動に移すビッグステップが欲しい」

現在、このドキュメンタリー映画は主として企業や教育機関での上映会やトークイベントなどで配信されている。

社内上映会を開催した企業の中でも、特に外資系企業の反響・反応は大きい、とマカヴォイ監督は話す。

「みな、映画を観た後、何か助けられることはないか、と思ってくれる。でも、本当に必要なことは、それを行動に移すビッグステップだ」(マカヴォイ監督)

「日本の格差問題は、他国に比べれば、改善できる希望もある。法制度の整備によって、かなり状況も良くなるはずだ。どのように変えていくか。まずは、シングルマザーたちの声を聞き、実態を知ることだ」(同)

「私は100人以上の政治家に映画の予告編を案内した。でも返事はほとんど来なかった。数少ない返事も良い話ではなかった。テーマの内容が重く、日本人にとっては、見て見ぬふりをする領域なのかなと感じた」(同)

実際、撮影過程においても、ドキュメンタリーに顔を出して出演協力してくれるNPO団体や子ども食堂、日本人の有識者を探すのにとても苦労したという。

「私は日本社会のヒエラルキーに所属していない外国人だ。だから、こうした社会正義をテーマにした映画を制作できたのだと思う」(同)

マカヴォイ監督の次なるチャレンジは、子どもの自殺問題をテーマとするドキュメンタリーの制作だ。「もちろん、いつかはプロレスのドキュメンタリーも制作したい。それが私と日本とのつながりの原点だから」(同)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

オルタナ副編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部。

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キーワード: #ジェンダー/DE&I

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