記事のポイント
- 国内の保健医療従事者の9割は「気候変動は健康に悪影響」と認識している
- 国内で初めて、保健医療セクターで包括的な実態調査を実施した
- 共通理解が見られた一方、気候変動に関する知識や取り組みにはばらつきも
国内の保健医療従事者の9割以上が、「気候変動が発生している」「健康に悪影響を及ぼす」と認識していることが明らかになった。特定非営利活動法人日本医療政策機構(東京・千代田)はこのほど、保健医療セクターを対象に国内で初めて包括的な実態調査を実施した。それによると、気候変動に関する認識では共通理解が見られた一方、知識や取り組みの面では課題も見えた。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

気候変動は、21世紀最大の公衆衛生上の課題とされ、人々の健康とウェルビーイングに深刻な脅威をもたらすとともに、保健医療システムにも多大な負荷を与えている。
熱波、洪水、土砂災害などの極端な気象事象の発生頻度は近年増加し、健康への重大な脅威として認識されているが、その影響は特に、高齢者、小児、妊婦、また社会経済的に弱い立場にある人々に顕著に表れることも知られる。
環境省が2020 年に公表した「気候変動影響評価報告書」等は、日本における気候変動の健康影響として、熱中症や熱関連死亡、さらに蚊やダニなどの節足動物が媒介する感染症の蔓延を指摘する。
そのような中で、日本医療政策機構はこのほど、保健医療分野の関連団体を対象に、気候変動と健康に関する認識や知識、取り組みや政策提言への見解についての実態調査を行った。
調査対象は、日本の医・歯・看護・薬学などの「医学系学術団体」、日本医師会・日本看護協会・日本助産師会・日本歯科医師会などの「職能団体」、および製薬・医療機器・医薬品卸売などの「産業団体」だ。計404団体が回答した。
■9割が「気候変動は発生」「健康に悪影響」と認識
調査結果によると、日本国内で診療・実務に従事する医師、看護職ともに気候変動の発生やその健康影響に対して認識はしていることが明らかになった。

(c) 特定非営利活動法人日本医療政策機構
その一方で、知識・時間・リソース・教育機会の欠如が障壁となり、気候変動対策に取り組めていないことも明らかとなった。なかでも、気候変動の健康への影響や国際的な議論に関する知識は全体的に不足しており、職能団体は75.0%、学術団体は56.8%、産業団体は43.3%が「ほとんど知らない」「あまり知らない」と回答した。

(c) 特定非営利活動法人日本医療政策機構
■気候変動対策の知識、6割が不十分
日本医療政策機構の菅原丈二副事務局長は、「国内の保健医療コミュニティが、気候変動と健康の問題の重要性を深く理解していることを示した。しかしその認識とは裏腹に、気候変動の適応策や緩和策の具体策に関する知識が不十分な団体が約6割に達し、問題意識と具体的な行動の間にギャップが存在することが明確になった」と話す。
ヘルスケアセクターは、国内の排出量全体の約5~6%を占める。気候変動対応策や生物多様性の喪失への対応について、具体的な対策を策定・公表している団体はごくわずかにとどまった。

(C) 特定非営利活動法人日本医療政策機構
「環境問題や気候変動への対応策を策定・公表・準備している団体は極めて限定的(学術団体では90%以上が未策定・未準備)であり、特に学術団体においては、保健医療分野が温室効果ガス排出に寄与する度合いを過小評価する傾向も示唆されている」(菅原副事務局長)
■「医療現場の最前線での被害は急速に悪化している」
気候変動に取り組む医療従事者ら有志で構成する一般社団法人みどりのドクターズの佐々木隆史代表理事は、オルタナの取材の中で、本調査結果を次のように総括した。
「産業団体は国際的な脱炭素の波にさらされて行動を変えてきている一方で、学術団体は、気候変動による健康被害はあるという認識し何らかの活動をしなければならないという責任を感じつつも、何をしたらよいのかわからない状況にあることが明らかになった」(佐々木代表理事)
「今回の回答者は理事長クラスが多かったが、日々、最前線に立っている臨床医だと、気候変動による健康被害の認識度合いは、もう少し高くなるだろう。そのくらい、現場の被害は急速に悪化している」(同)
「暑熱関連や、大雪・洪水を含む極端な異常気象に伴う疾患の患者が増えている。加えて、特に在宅医療や訪問診療の現場では、医療従事者側が熱中症になりそうになりながら業務にあたっている。特に、訪問看護師さんの真夏の入浴介助は灼熱地獄だ」(同)
「健康の社会的決定要因としての気候変動は理解できるが、現在の医療従事者不足と、それに追い打ちをかける経営危機を前に、明日の医療機関の存続や、職員の生活を守ることに精一杯な状況にあるという側面もうかがえる」(同)



