記事のポイント
- トランプ政権は「温室効果ガスは公害」とする危険性認定を正式に撤回した
- だが米国の企業は実際にはサステナビリティや脱炭素の取り組みを粛々と進めている
- 企業には、政治的空気への適応ではなく将来の事業環境への備えが求められるからだ
トランプ政権は「温室効果ガスは公害」とする「危険性認定」を正式に撤回した。これはサステナビリティの制度的基盤に関わる重大な事態だ。そのような政策の下、米国では企業のサステナビリティの取り組みも後退しているような印象を受けるが、実際は粛々と前に進めている。なぜなら、企業に求められるのは、現在の政治的空気への適応ではなく、気候変動が将来もたらす事業環境への備えだからだ。(サステナブル経営アドバイザー=足立直樹)

■米政権は、「公害」を規制しないことを選んだ
2026年2月12日、米国環境保護庁(EPA)は、「温室効果ガスは有害」とする「危険性認定(エンデンジャーメント・ファインディング)」を正式に撤回しました。このニュースは専門的に見えますが、サステナビリティの制度的基盤に関わる重大な転換点です。
まず確認すべきは、これは科学の問題なのか、政策の問題なのかという点です。
2007年、米国最高裁は「マサチューセッツ州 対 EPA事件」において、温室効果ガスは大気浄化法が定義する「大気汚染物質」に該当すると判断しました。そしてEPAに対し、温室効果ガスが公衆衛生や福祉に危険を及ぼすかどうかを「科学的に」判断するよう命じました。
これを受けて2009年に出されたのがエンデンジャーメント・ファインディング(危険性認定)です。そこでは、温室効果ガスが地球温暖化を引き起こし、それが米国民の健康や福祉に危険をもたらすと認定されました。
重要なのは、これは単なる政治的宣言ではなかったということです。それは、「温室効果ガスは公害である」と法的に位置づける「科学に基づく決定」だったのです。
大気浄化法の仕組みでは、ある物質が公衆衛生に危険をもたらすと科学的に認定された場合、EPAはそれを規制する「義務」を負います。つまり、この認定は規制の許可ではなく、規制義務の発動でした。
今回の撤回は、その科学的認定を覆すという意味を持ちます。科学的知見そのものが消えるわけではありません。しかし、それを公害として扱い、国家が規制対象とするかどうかは法制度の問題であり、最終的には政治の判断です。
■トランプ政権は気候変動に後ろ向きの姿勢を貫く
この動きは、トランプ政権再登場以降の一連の政策変更と連動しています。
2025年1月、米国は再びパリ協定からの離脱を宣言しました。
続いて、インフレ抑制法(IRA法:Inflation Reduction Act)に基づく気候関連プロジェクトへの連邦資金の支払いが凍結されました。この法律は再生可能エネルギー、水素、EV、脱炭素投資を大規模に支援するものであり、米国史上最大規模の気候投資パッケージでした。
ただし注意すべきは、この資金凍結は複数の連邦地裁により違法と判断されており、法的係争が続いているという点です。また、同法の主要部分である税額控除は引き続き有効であり、議会の承認なしに法律そのものを停止することはできません。
それでも、政権による気候政策への姿勢転換は明確です。
さらに、石油・ガス開発は再開され、排出規制は見直され、企業の気候関連情報開示ルールも停止されました。
■金融分野ではトランプの顔色うかがう動きも
そして金融分野では、ネット・ゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)の動揺が象徴的です。
NZBAは2021年に国連環境計画 金融イニシアティブ(UNEP FI)のもとで設立された銀行連合で、参加銀行は2050年までのネットゼロと整合する貸出・投資ポートフォリオへの移行を誓約していました。世界の主要銀行が加盟し、金融の力で経済全体の脱炭素を後押しする枠組みでした。
ところがトランプ政権が復活することが決まると、2024年末から米国の大手銀行が相次いで離脱を表明し始めました。
2025年1月の政権発足後はその動きが加速し、夏には欧州の主要銀行も離脱を決定。そして2025年10月3日、ついにNZBAは活動停止を決定しました。大変残念なことですが、現在のアメリカの政治環境を考えれば、予想された動きと言えます。
■米国でサステナビリティは後退したのか
こうした状況を見ていると、アメリカでサステナビリティの流れそのものが後退しているように見えるかもしれません。実際、「サステナビリティやESGはもう終わったのではないか」という質問を私もよくいただきます。
しかし私たちは冷静に考える必要があります。語られなくなったことと、行われなくなったことは違うからです。
再生可能エネルギーはすでに多くの地域で最もコスト競争力のある電源です。気候変動による物理的リスクは企業財務に直接影響し始めています。EU市場では脱炭素は依然として参入条件です。
これらは政治によって消えるものではありません。そもそも気候変動は、まだ止まってすらいないのです。
したがって実際、多くの米国企業や金融機関は脱炭素への取り組みを止めたわけではありません。ただし、それを以前のようには表に出さなくなっただけです。サステナビリティは理念の問題から、リスク管理と競争戦略の問題へと移行し、内部でひっそり進められているのです。
■企業にとっての大きな戦略的誤りは
そして忘れてはならないのは、政権は有限であるという事実です。
しかし気候変動は有限ではなく、今なお進行中です。
数年後に政治環境が変わったとき、サステナビリティの諸問題が消えているわけではありません。むしろ蓄積された課題への対応は、より急激に、そして困難になるでしょう。
企業に問われているのは、現在の政治的空気に適応することではなく、将来の事業環境に備えることです。
国家が後退しても、物理法則は後退しません。
この単純な事実を忘れたとき、企業は最も大きな戦略的誤りを犯します。
いまは静かな移行期です。だからこそ基盤を整えるべき時期です。サステナビリティは流行ではありません。それは、これからの経営の前提条件です。
見えなくなっただけで、消えてはいない。そして今こそ、加速すべき時なのです。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)533(2026年2月17日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。



