社会起業家を育成するビジネススクール社会起業大学(東京・千代田)は3日、「ソーシャルビジネスグランプリ2013冬」を開催した。ソーシャルビジネスグンプリに輝いたのは、腫瘍内科医で、病気になっても自分らしく生きられる社会を目指す杉山絢子さんだ。
社会起業大学では、4カ月をかけて自分らしさと社会貢献を重ね合わせた生き方・働き方を追求する。4カ月の集大成として、グランプリは開かれ、今回で6回目を迎える。当日は、社会起業大学に通う学生や一般公募で集まった約200案のビジネスプランから選出されたファイナリスト6人が事業計画を発表した。
■亡き父との共同事業
グランプリを受賞した杉山さんは、北海道の腫瘍内科医として12年間働いていた。がんなどの病気で多くの人を看取ってきたという。「病気になって、不幸だと感じてしまい、生きがいを失ってしまう人を多く見てきた」と話す。
自身の父親もがんで亡くしている。遺産の手続きなど、がんになったときの対処法に困ったことが原体験となりプランを考案したという。「万が一、がんと診断されても生活に困らないサービスがあればいいと思った」。
「病気になったからこそ気付いた幸せがある。病気になっても自分らしい暮らしができる社会を実現したい」
医師やファイナンシャルプランナー、弁護士、美容師など生活全般に関する知識を持ったカウンセラーである「がんコンシェルジュ」を組織化し、がんと診断されても、あらゆることに対処できるようにする。
杉山さんのプランは、12人の審査員全員に高く評価されたという。審査委員長で社会起業大学の田坂広志名誉学長は、「ご自身が患者を看護する立場なので、この仕事に取り組む意義があった」と話す。
「社会起業家に一番大切なのは原体験である。お父様を見送られたときの話が胸に刺さった。いつか素晴らしい事業を成し遂げたとき、それはお父様との共同事業である」と評した。
■尊敬する人は、「お母さん」
会場に訪れた約500人の投票で選ばれる共感大賞には、杉本九実さんが選出された。杉本さんは、ICUの看護師5年目である。「患者さんが目の前で亡くなっていくのに、何もできない自分に嫌気がさした」と過去を振り返る。
思いつめた杉本さんは、理想と現実のギャップに悩み休職してしまう。休職した際に訪れた南国で、鳥やカニを眺めながら砂浜でのんびり過ごしたことで、ありのままの自分を大切にすることを学んだという。
そこで、1000万人といわれるうつ予備軍を救う「ネイチャーウェルネスツアー」を考案した。伊豆諸島の御蔵島でイルカと一緒に泳ぎメンタルダウンを防ぐツアーを組む。
「4カ月間、真剣に自分の人生と向き合ってきた。本当に多くの人の支えがあったからここまで来れた」と、苦悩した期間を振り返り、支えられた仲間に感謝を述べた。
審査員共感賞には、女性のキャリア支援を行う三輪恭子さん、最大1千万円までの出資交渉権を得るエン・ジャパン大賞には上村カルロスさんが選出された。
三輪さんは、育児と仕事を両立できる女性のキャリア支援を目指す。10年ほど前に離婚し、2人の子どもを持つシングルマザーである。「仕事をやればやるほど、子どもと遊ぶ時間がなくなり罪悪感にかられた」。
しかし、ある時、三輪さんの悩みが解決する転機が訪れる。それは、子どもの授業参観で学校に訪れたときだ。尊敬する人として、「お母さん」と子どもが書いていた。それを見た三輪さんはその場で涙が止まらなかったという。
「母親が子どものために一生懸命になるのは当たり前だが、自分の夢を追うことも応援していたのだと気付かされた」と話す。
審査員であるベアーズの高橋ゆき専務取締役は、「日本のママは美しい。女性の笑顔の力で日本を元気にしていってほしい」とエールを送った。
■支えてくれる仲間の思いを背に
エン・ジャパン大賞の上村さんは、日本人とペルー人の交流を促進し、ペルー人が「普通に暮らせていない問題」を解決する。上村さんは中学3年時に来日。外見が違うことでいじめを受けてきたという。
「子どもの頃は、いじめられないために、日本人と同じように茶髪にしたり、腰パンもした。社会人になっていじめはなくなったが、社会からの偏見や差別が待っていた。アパート探しは困難、仕事は3Kか日雇い労働のみ。日本に住むペルー人は普通に暮らすことが困難だ」
日本には約6万人のペルー人が暮らし、その数はアメリカ人よりも多い。「在日ペルー人が失ってしまった母国のアイデンティティを取り戻すために、交流会を企画する」と上村さんは話す。
ペルー文化を発信して、日本人と友達になるAMIGO PROJECT(アミーゴプロジェクト)を企画している。
エン・ジャパンの越智通勝会長は、「ペルー人が自信をなくしていると言ったが、日本人も自信をなくしている。ペルー人の明るさで、日本人の閉塞間を打破してほしい」と述べた。
今回のグランプリからは、ソーシャルイントラプレナー賞も新たに創設され、富士通ソーシャルクラウド事業開発室の生川慎二シニアマネージャーが選ばれた。ソーシャルイントラプレナーとは、企業にいながら社会的事業を行う社内社会起業家を指す。
生川さんは、被災地でICTによる高齢者の在宅介護などを行ってきた。被災地で得たノウハウを生かし、高齢化社会を迎える将来の日本の医療を支える。
「企業にソーシャルイントラプレナーが増えないと、社会は良くならない。今後も様々な人やセクターと連携して動いていきたい」と話した。
グランプリの最後に審査委員長である田坂名誉学長はこう総評した。「一人の決意や力だけで事業を軌道に乗せることはできない。成長を支えてくれる周りの人の思いを背に、事業を拡大していってほしい」。(オルタナS副編集長=池田真隆)