気温40度で湿度80%、途上国にトイレ届ける職人たち

記事のポイント


  1. リクシルはバングラデシュやケニアなどで10米ドル以下のトイレの販売を行う
  2. 安全なトイレが利用できず、命を落とす子どもは毎日700人に及ぶ
  3. 気温40度・湿度80%の過酷な環境でトイレを作る職人に話を聞いた

リクシルはバングラデシュやフィリピン、ケニアなどで10米ドル以下のトイレの販売を行う。世界では、安全に管理されたトイレを利用できない人が約36億人おり、下痢性疾患で命を落とす子どもは毎日700人に及ぶ。過酷な状況の中、トイレを作る職人の思いとは。(オルタナ副編集長=池田 真隆)

「私には5人の子どもがいたが、1人は下痢性疾患で亡くなってしまった。息子のことを思うとすごく辛くて、今でも信じられない。だからこそ、安全なトイレを広く届けていきたい」

ラトリーンプロデューサーとして働く女性

こう話すのは、バングラデシュの北東に位置するハビガンジ県に住む女性だ。簡易式トイレ「SATO」を設置するためには、排泄物を貯める穴を2メートル以上掘らないといけない。女性の仕事は、その穴を掘ることだ。

仮設トイレという意味の「ラトリーン」を作る人ということで、「ラトリーンプロデューサー」と名乗る。

かつて女性が住むコミュニティーには、安全なトイレがなかった。竹を敷いた場所がトイレだったという。ハエや臭いもにどく、屋外排泄によって感染する人も少なくなかった。

女性が住む家の近くに設置した簡易式トイレSATO

2021年からラトリーンプロデューサーとして働く男性にも話を聞いた。これまでコンクリート技士として働いていたが、仕事がうまくいかず路頭に迷っていた時に、ラトリーンプロデューサーの研修を受けた。

炎天下の中でも毎日精力的に働く

男性は6人を雇用し、ハビガンジ県で安全なトイレがない地域に、トイレ用の穴を掘る。気温40度、湿度80%の厳しい環境下でも約8時間、大量の汗を流しながら働く。

過酷な状況で働くが、「地域の環境が改善されていることに携われて、喜びを感じている」と話した。

屋外排泄が当たり前、まずは「教育」から

世界では、安全に管理されたトイレを利用できない人が約36億人(2021年)、家に手洗い設備がない人も約23億人(同年)いる。その結果、下痢性疾患で命を落とす子どもは毎日700人(同年)に及ぶ。

こうした社会課題の解決に挑み続けるのが、リクシルだ。2013年に10米ドル以下で購入できる簡易式トイレ「SATO」を開発した。各国の企業やNGOとライセンス契約を結び、パートナー団体が販売し、施行も現地の住民が行う。

現地住民の中には、衛生環境の優れたトイレの重要性を理解していない人もいる。それまで、屋外排泄が当たり前だったからだ。そこで、現地のNGOがコミュニティーに入り、安全なトイレや手洗いの大切さを教えていくことからこの事業は始まる。

リクシルはパートナー団体が1台販売するごとにロイヤリティをもらう仕組みだ。こうすることで、現地に雇用を生んだ。現在45カ国以上で展開し、約750万台を出荷してきた。

カラフルなSATOのトイレ、穴が開いた部分に容器を入れる

同社が掲げる、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」というパーパス(存在意義)の達成に向けて、現在は2025年までに1億人の環境改善を目標に置く。トイレ1台を家族やコミュニティー全員で使うことがある。出荷した台数から計算して、約4000万人の衛生環境の改善に貢献してきた。

SATOの仕組みはこうだ。自宅周辺に排泄物を貯める穴を掘り、その上にトイレ容器を設置する。少量の水で洗浄ができる。排泄物を流すときに開くカウンターウエイト式の開閉弁がハエなどの虫による病原菌の媒介や悪臭を抑える設計になっている。

「子どもの笑顔が見たいから」、バングラデシュに来た

SATO事業のアジア地域全体の責任者である、リクシルの坂田優・SATO事業部アジア地域営業リーダーは、2018年にバングラデシュに赴任した。36歳の時だった。

これまで縁のなかった異国の地で働くことを選んだきっかけは、「子どもの笑顔」と語る。SATOを開発した、石山大吾・SATO事業部イノベーションリーダーに誘われて、バングラデシュの農村部を訪問した。

道中に、坂田氏は石山氏に、この国で働き続けるモチベーションを聞いた。すると石山氏は、「子どもの笑顔が見れるのが楽しいから」と答えた。

それまで国内で営業を担当していた坂田氏にとって、エンドユーザーの反応がダイレクトに見えるその言葉は胸に刺さった。こうして、2018年にバングラデシュ行きを決めた。

写真左が坂田氏、右端はSATO事業のバングラデシュの先任者・ラシュドル氏

現地では先任者が一人もおらず、まずはパートナー団体を頼りにネットワークを構築していった。

SATOの主な対象は、途上国の女性や少女だ。採算性が課題だが、衛生課題が解決することで、同ブランドへの信頼が増し、長期的には顧客の開拓につながると考えた。まさに、SDGsが掲げる公式用語「アウトサイド・イン(社会課題起点のビジネス創出)」の好事例である。

一般的な企業は「顧客ニーズ」に対応しようとするが、顧客の後ろ側にある「社会ニーズ」に対応すれば、同業他社に先駆けて、ビジネスのニーズやシーズを見つけることができるという考えだ。

坂田氏によると、SATOはエンゲージメントにも一役買っているという。「SATOをやりたいからリクシルに入りたいという新卒希望者が増えている。社内でボランティアを募ると、多くの若手社員が集まる」(坂田氏)。

坂田氏は、現地のパートナー団体と連携を強化して、SATOを広めていきたいと力を込めた。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #サステナビリティ

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