馬捨て場と馬頭観音、そして近藤勇――私たちに身近な生物多様性・番外1[坂本 優]

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IUCN(国際自然保護連合)が定義する「絶滅のおそれのある野生生物のリスト」には、2014年11月時点で約2万2千種が登録されている。生物多様性の確保は喫緊の事項だ。本コラムでは、味の素バードサンクチュアリ設立にも関わった、現カルピス 人事・総務部の坂本優氏が、身近な動物を切り口に生物多様性、広くは動物と人との関わりについて語る。(カルピス株式会社 人事・総務部=坂本 優)

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新撰組隊長、近藤勇は、馬捨て場で処刑されたとも言われる。JR板橋駅の東口を出ると、正面に、永倉新八によって建立された近藤勇の墓がある。

そして、この墓の北東100mほどのところには、江戸時代、しばしば馬捨て場の目印に使われたという、馬頭観音の古い石碑がある。処刑の場はこの周辺とも推測されている。

江戸時代、命を終えた牛馬には、多くの地域で、決められた置き場があった。これが馬捨て場の由来である。その当時、実際にどのように呼ばれていたのかは知らないが、今に伝わる「馬捨て場」という表現に、かつて私はなんとも釈然としないものを感じていた。

多くの馬は、宿場の駅馬にせよ、農耕馬にせよ、飼い主にとっては、家族同様に大切な馬だったろう。命を終えた途端に、「捨てる」というのは、心情を察するに違和感があったからだ。

馬捨て場は何故設けられたのか。その主な理由の一つは、牛馬の皮革を効率的に採集するためである。死を忌む当時の宗教観も背景にある。持ち込まれる亡きがらの解体、皮の採集は、弾左衛門配下の被差別民によってなされた。

飼い主にしてみれば、亡くなった馬が、けがらわしい者として差別していた人々の手に渡り、彼らが皮を剥いでいく、ということは、掟とはいえ心情的に耐え難いものがあっただろう。

今、私は、「捨て場」という表現に「引き渡すわけではない」という、その後になされることとの関連性を拒否しようとする、飼い主の思いを感じる。

弾左衛門配下の人々は、自らを「長吏」と称したという。この名前からは、卑しめられながらも、「自分達はお上の御用をしているのだ」という自負心が感じられる。しかし、やはり当時の価値観、宗教観のなかで、罪深いことをしている、という罪悪感をぬぐい去ることはできなかったろう。

処刑後の近藤勇の首級は京に晒された。胴の行方には諸説ある。私は、近藤の遺体は、馬捨て場のなかで牛馬を解体した後、骨などを捨てた場所に、畜生同然として、うち捨てられたと想像している。

馬捨て場で切られた、ということは、「極悪人」の血で、江戸府内はもとより、宿場、街道など「人界」を汚すことは許さない、という薩長政府の近藤に対する憎しみや政治的意思の表明であろう。

人として葬られるはずがない。死してなお貶めるとともに、後日、遺族などが埋葬のために掘り返そうにも、まさに、どこの馬の骨ともわからぬ状態にして捨てられたに違いない、と私は思う。

飼い主は、愛馬の亡きがらを「捨てて」行くとき、後の供養を馬頭観音に託して家路についたのではないか。長吏の人々は、己の行いについて、時に馬頭観音の慈悲を乞いながら作業にあたったかも知れない。私は、近藤勇の墓標としての思いもこめて合掌している。

生きものを資源として活用していくことの社会としてのニーズ、そのニーズを満たしていくうえでの畏れや感謝、そして時として不条理もはらみつつ、それらを包含してきた社会のシステム。そういったシステムの象徴であり舞台装置でもあった、馬頭観世音と彫られた祠の中の小さな石。

生物資源の利用は、生物多様性保全の重要な目的の一つである。その範囲も広がっている。その中で、遺伝資源の利用と利益の分配は、生物多様性条約のCOPにおいて各国の利害が鋭く対立するテーマでもある。

様々な思いを受け止めてきたであろう小さな石を前にして改めて思う。命の価値を人間にとっての経済性のみで評価し、また、命を道具と割り切ることは許されない、それが私たちの文化ではなかったかと。

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坂本 優(生きものコラムニスト/環境NGO代表)

1953年生、東京大学法学部卒業後、味の素株式会社入社。法務・総務業務を中心に担当。カルピス株式会社(現アサヒ飲料株式会社)出向、転籍を経て、同社のアサヒグループ入り以降、同グループ各社で、法務・コンプライアンス業務等を担当。2018年12月65歳をもって退職。大学時代「動物の科学研究会」に参加。味の素在籍時、現「味の素バードサンクチュアリ」を開設する等、生きものを通した環境問題にも通じる。(2011年以降、バルディーズ研究会議長。趣味ラグビー シニアラグビーチーム「不惑倶楽部」の黄色パンツ (70歳代チーム)で現役続行中/関東ラグビー協会参与)

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