~バンクーバー発  カナダが京都議定書目標を断念した3つの理由

カナダ政府が4月、京都議定書の目標達成を断念した。先進国では最も早く議定書に賛成を表明し、98年に京都議定書条約に署名した。それからわず か9年。主要国の中で最も早い「離脱」だっただけに、他国への影響が懸念される。カナダで何が起きたのか。

カナダのジョン・ベアード環境相はが、4月26日トロントで、新温室効果ガス排出削減プランを発表した。新プランでは、目標を 2020年までに06年比で20%削減とし、これが事実上、スティーブン・ハーパー保守党政権の京都議定書目標断念表明となった。環境相は「より現実的 で、達成しやすいプランになった」と自負したが、その内容は天然資源産業の削減義務が緩やかだとして国内からの批判も多い。特に削減基準を「絶対的基準」 ではなく、生産量に対する削減量の割合を測る「相対的基準」に設定したことが問題になった。生産量に対する二酸化炭素排出量の割合は減少しても、総排出量 は増加する可能性が残るからだ。
カナダは同議定書で、2012年までに90年比で二酸化炭素など地球温暖化ガスの6%削減を目標にしていた。新プ ランでは、それが8年も遅れることになる。
カナダで何が起きたのだろうか。カナダが目標履行を断念した理由は大きく3つ、考えられる。1つは、目標達成には程遠い温室ガス排出量増 加の現在の状況、2つには、ハーパー保守党政権の誕生、3つ目は、ハーパー首相の基盤が石油産業の盛んなアルバータ州にあることである。

1.議定書の目標達成に程遠く

数字で表すと、現在カナダがどれほどひどい状況かよくわかる。カナダといえば、大自然に抱かれたクリーン な国というイメージがあるが、温室効果ガス排出という観点から見れば決してそうではない。
OECDが発表した03年の一人当たりの二酸化炭素排出 量は、17.49トンで、ルクセンブルグ、米国に次いで世界第3位。GDP2000USドル当たりでは、0.72㎏で世界9位。上位8カ国にG7の国は含 まれていない。
さらに、カナダ国内の数字を見ると、議定書の目標基準になっている90年のCO2排出量は、599メガトン(Mt)。これを目標達 成するには同年比6%減の563Mtまで減らさなくてはならない。
にもかかわらず、04年には27%増の758Mt、現在では30%増にまでなっ ている。ほぼ同時期の日本の8%増に比べても突出した数字だ。これは、G7の中でも最大の増加幅で、目標を達成するには今から5年間で36%も削減しなけ ればならない計算になる。
なぜこれほどひどい状況になったのか。それは、政府の無関心と無政策が原因だ。
カナダが京都議定書に署名したの は98年4月29日。自由党ジョン・クレティエン政権時代だ。先進国では最も早く賛成表明をし、以後ポール・マーティン政権もこれを継承した。
し かし、その後、国内で具体的な削減政策は打ち出されなかった。05年4月になってようやくマーティン首相と自由党は京都議定書目標達成のためのプランを発 表。7年間で100億カナダドルの予算を盛り込み、08年から12年の5年間で270Mtを削減するという内容だった。これも目標設定は立派だが、具体的 な政策案や規制に乏しく、実現しないまま政権が交代した。
06年10月、ハーパー保守党政権は独自案「クリーン・エアー・アクト」を発表。だが、 それも議定書目標断念を明確には公表していないになかったが、「Kyotoの文字すら入っていない」と批判されたほど、目標達成には程遠いものだった。今 回発表された削減プランの原案のような存在である。
その他にも、アルバータ州の石油産業の発展、オンタリオ州の石炭による電力供給なども原因に挙 げられる。

2.目標達成に消極的な保守党政権

ハーパー氏は政権を取る前から京都議定書には反対の立場だった。02年の議定書に関する議会投票で も、当時のカナダ改革保守連合党首として、保守党とともに反対票を投じた。そのハーパー氏が、2党をまとめて保守党を結成し党首を務め、06年2月に首相 となった。就任当初から議定書の目標達成に消極的だったとしても不思議ではない。
ハーパー政権が生まれた背景には、それまで13年間続いた自由党 の政治汚職スキャンダルがある。マーティン政権誕生あたりからさまざまな汚職が発覚。06年1月、国民の審判を仰ぐ総選挙が行われた。
この時の選 挙では政治の浄化が争点となり、地球温暖化政策、外交政策といった国際的な視野は重要視されなかった。そして、政府の改革とGST(連邦政府消費税)削減 を公約したハーパー氏率いる保守党が勝利した。
そのため、もともと議定書に反対だった保守党は堂々とその意思を通すことができるという今の状態に 至っている。

3.アルバータ州のオイルサンド

ハーパー政権がここまで議定書を回避しようとする理由は、保守党がアルバータ州を支持基盤としている現 状がある。
アルバータ州は、カナダ最大の天然資源産出量を誇り、石油、石炭、天然ガスの輸出で、好調なカナダ経済を支えている。
同時に、 カナダ全体のCO2排出量の約50%を占め、近年注目されているオイルサンドの開発が進むに連れ、その排出量も増加している。
議定書目標を達成し ようとすれば、アルバータ州への影響は避けられない。そのため、自由党政権ですら強い規制策を打ち出さなかった。さらに、ハーパー氏は政界に進出する前は 同州の石油産業に従事していたという経歴を持つ。石油産業との繋がりは誰よりも強い。
こうした理由から、カナダの温室効果ガスの削減はこの10年 間いっこうに進まず、今回の批准国初の目標断念公表に至り、国内外の批判を浴びることになった。

カナダ・バンクーバー出身で、40年以上も環境保護活動を続ける科学者・国際的活動家のデイビット・スズキ博士は、「カナダ国民は、私たちのリー ダーがとった行動を恥ずかしく思っている。国際社会からのカナダへの期待を考えるとなおさらだ。他の批准国がさまざまな試みで目標を達成しようと努力して いるのに、カナダはその努力すらしていない」とカナダ国民の声を代弁した。
カナダでは今夏以降、連邦政府議会とアルバータ州政府の選挙が控えてい る。現在の野党自由党党首ステファン・ディヨン氏は前政権の環境大臣だ。今回の履行断念が大きな争点になることは間違いない。政府に対してカナダ国民がど のような決断を下すのか、注目されている。

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