記事のポイント
- USスチールの地元の環境・保健団体が、日本製鉄との対話を求めている
- USスチールの高炉による大気汚染で、地域住民は長年健康被害に苦しんできた
- 地域のステークホルダーと真摯に向き合うのか、日鉄の企業姿勢が問われている
日本製鉄によるUSスチール社の買収完了を受け、USスチール社の高炉がある地域の環境・保健団体は6月25日(日本時間)、記者会見を開き、日鉄との対話を求めた。地域住民は長年、USスチール社の石炭由来の高炉がもたらす大気汚染によって、早期死亡や喘息などの健康被害に苦しんできた。日鉄は今回、USスチール社の高炉の改修・延命を約束したが、現地団体は、直接影響を受ける地域住民の声が届いていないとし、地域コミュニティとの真摯なエンゲージメントを求めた。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

(c) Just Transition Northwest Indiana / Matthew Kaplan
「買収が完了し、投資計画も発表になった今こそ、日本製鉄は、地域コミュニティが何を望んでいるかに耳を傾けるときだ。そして地域の抱える課題を解決すれば、日本製鉄はヒーローにもなれるだろう」
米ペンシルベニア州ピッツバーグに拠点を置く環境・保健団体ブリーズ・プロジェクトのマシュー・メハリック・エグゼクティブディレクターは、記者会見で力を込めた。
ブリーズ・プロジェクトは、市民、環境活動家、公衆衛生の専門家、学術研究者らが連携して、最先端の科学と技術をもとに、健康で住みやすい地域にするために大気汚染の根絶と大気質の改善を目指す団体だ。
ブリーズ・プロジェクトは、USスチール社のモンバレー製鉄所(米ピッツバーグ州)にリアルタイムカメラを多数設置しており、誰でも同団体の運営するサイトから排出の様子が映像で確認できる。
■「10年間の高炉延命で最大2000人が早死にする」
2024年10月、米環境団体インダストリアス・ラボスは、全米の石炭を主原料とする製鉄工場について、施設ごとに大気汚染の状況とその健康被害への影響をまとめた。
それによると、USスチール社の石炭を主原料とする製鉄設備・コークス炉による大気汚染は、毎年最大200人の早死、5万5400件の喘息症状、約1万2000日の欠勤・欠席を引き起こしているという。
日本製鉄が、USスチールの設備を10年延命すると合意したのを受け、ブリーズ・プロジェクトは、「10年間の累計で、最大2000人の早死、55万件以上の喘息症状、12万日以上の欠勤・欠席をもたらす」との懸念を表明した。
高炉延命によるヘルスコスト(医療費)は、累計160億ドルから300億ドル(約2兆3000億から4兆3000億円)に上ると試算する。
メハリック氏は「公衆衛生と地域再生を不可侵の優先事項として扱わなければ、真の進展はない」とコメントする。
そして、米国で、最も古い高炉群の寿命を不必要に延ばすのではなく、DRI法(水素直接還元による製鉄法)と電気炉へのアップグレードを求めた。
■製鉄所付近は喘息・がんのリスク高く
ペンシルベニア州には、USスチール社の本社のほか、石炭を使う高炉を擁するモンバレー製鉄所や、州南西部のクレアトン工場が位置する。
ブリーズ・プロジェクトの推計では、2020年から2022年の3年間で、モンバレー製鉄所が位置するペンシルベニア州アレゲニー郡で、年間最大1373人が石炭を使用する製鉄所から排出される微小粒子状物質(PM2.5)が原因で死亡した。
メハリック氏は「この地域のPM2.5の数値は、全米の他の観測地点よりも96%悪く、アレゲニー郡には約180万人の人が、がんのリスクにさらされている。同郡の発がん性物質の9割が、高炉から排出される物質によるものだ」と説明する。
「地域の保健課題の解決には、4億ドル(約580億円)が必要との試算がある。日本製鉄が発表した設備投資計画の金額で、十分カバーできるはずだ」(同)
ブリーズ・プロジェクトが2025年4月に公開した研究結果によると、同州南西部のクレアトン工場の地域では、喘息のある学生の学校欠席率は、大気汚染のひどい日には通常より80%高まることも明らかになっている。
■「通学カバンに吸入器を入れなくて済む生活を」
「これ以上、子どもたちの通学カバンに吸入器を入れて持たせる生活を続けたくない」と、米環境NGOシエラクラブの西ペンシルベニア州オーガナイザーを務めるキヤム・アンサリ氏は現地の深刻な状況を訴える。
アンサリ氏によると、クレアトン工場付近のリバティーやノース・ブラッドロックなどの地域では、4人に1人の子どもが喘息を患い、学校を欠席したり、緊急入院したりすることが日々起きており、これは大人も同じだのことだ。
「日本製鉄には、地域にどういう将来をもたらすかを見据えて、今後の投資を考えてほしい」とアンサリ氏は切実に訴える。
■インディアナ州北西部も「汚染の震源地」に
■ステークホルダー・エンゲージメントの姿勢問われる