社会を動かす「広告コミュニケーション」に不可欠な視点とは

記事のポイント


  1. 「SDGsコミュニケーション」には社会の仕組みを再構築する視点が不可欠に
  2. データなどを駆使して、見えなかった課題を可視化し、社会変革を促す
  3. 世界的に評価された2つの企画を紹介し、その背景と意義を考えた

これからのSDGsコミュニケーションには、心を動かす情緒的なメッセージ性だけでなく、社会の仕組みを再構築する視点が欠かせない。社会を動かす「回路」を設計する力とも言える。世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」で評価された2つの事例を紹介し、その背景と意義を考察する。(サステナビリティ・プランナー=伊藤 恵)

世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」では、単なるメッセージ発信にとどまらず、実社会にインパクトを与える「仕組み」そのものを構築する取り組みが数多くみられた。その中でも、データを活用した制度改革や伝統文化とテクノロジーを融合させた地域再生の事例は興味深い。社会課題に挑んだ2つの事例を紹介する。

危険な地雷原を安全なミツバチ畑に

カーネル社の「MINEFIELD HONEY(マインフィールド ハニー)」

一つ目は、カーネル社の取り組みで、地雷原をミツバチ畑に変えたものだ。ロシアの侵攻によって、多くのウクライナの農地が地雷に汚染され、農業が困難な状況に置かれている。カーネル社は、この土地を再生するために、伝統的な養蜂文化とドローン技術を融合させた革新的なプロジェクトを始めた。

サステナX

地雷が埋め込まれた危険性のある土地に直接足を踏み入れることなく、周辺に設置した養蜂箱と蜜源となる植物の種子を活用し、ハチミツを生産した。蜂が飛び回る半径の特性を利用することで、安全な場所からの収入の確保を実現した。

このハチミツの販売収益が、地雷除去の資金にもなり、最終的には本来の状態に戻るための道筋を築描いている。蜂の巣箱の片側には人間が近づかないよう警告する表示、もう片側にはミツバチを歓迎するデザインが施され、安全性と文化性も両立している。

農家にはブランドやパッケージなどの権利も提供され、彼ら自身が地雷除去の主体となれる仕組みを整えた。このプロジェクトは600以上のメディアで報道され、COP29やダボス会議でも注目を集めた。

そして何より、地元の農家たちがハチミツ生産を新たな収入源とし、地雷原を再び命の循環の場へと変えている点に大きな意義がある。

日本人の名字が「佐藤」になるかも:「SATO 2531」

2531年には日本人全員の姓が「佐藤」になるかもしれない

日本では夫婦同姓が法的に義務付けられており、約95%の女性が結婚とともに姓を変更している。こうした制度に対し、ジェンダー平等を推進する団体「あすにわ」が展開したのが、データに基づく社会問題可視化キャンペーン「SATO 2531」だ。

東北大学・吉田浩教授の協力のもと、現在の法律が続いた場合、2531年には日本人全員の姓が「佐藤」になるという衝撃的な予測データを発表した。

この事実を視覚的に伝えるため、40の企業やアーティスト、スポーツチームが一斉に「SATO」と改名。SNSや商品パッケージ、広告にこの姓を使用し、全国に違和感と問いを投げかけた。

多くのメディアに取り上げられ、結果として法改正を支持する声が過去最高の73%に到達した。国連の女性差別撤廃委員会も調査結果を受け、日本政府に法改正を勧告した。

今回紹介した2つのプロジェクトが示したのは、共感を得ることを目的としたメッセージ発信を越えて、社会の構造そのものに働きかける仕組みを築いた点にある。

ウクライナのハチミツプロジェクトは、命を脅かす状況の中で、文化的背景とテクノロジーを融合させ、地域の自立と再生の道をひらくビジネスモデルを構築した。

「SATO 2531」は、法律という目に見えない社会制度の未来を可視化し、生活者と企業、そして政策決定者を巻き込んで、議論と変化を生み出す構造をつくり出した。

これからのSDGsコミュニケーションに求められるのは、ただ心を動かすだけでなく、社会を動かす「回路」を設計する力だ。カンヌライオンズは、そのアイデアを鮮やかに提示した。

itomegumi

伊藤 恵(サステナビリティ・プランナー)

東急エージェンシー SDGsプランニング・ユニットPOZI サステナビリティ・プランナー/コピーライター 広告会社で企業のブランディングや広告制作に携わるとともに、サステナビリティ・プランナーとしてSDGsのソリューションを企業に提案。TCC新人賞、ACC賞、日経SDGsアイデアコンペティション supported by Cannes Lionsブロンズ受賞。執筆記事一覧

執筆記事一覧
キーワード: #サステナビリティ

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。