高市総裁の誕生を経済界の女性リーダーらはどう受け止めたか

記事のポイント


  1. キャシー松井氏ら経済界の女性リーダーの一人が「DEI」をテーマに登壇した
  2. 高市早苗・自民党総裁選出にも触れ、「失敗する姿は見たくない」とコメント
  3. 衆議院議員女性比率1割という現状の不均衡是正のきっかけとなることを期待した

10月7日に都内で開催されたイベントで、「ウーマノミクス」の提唱者・キャシー松井氏と、NTTの中澤里華チーフ・テクノロジー・イノベーション責任者が、「DEI(多様性・公正性・包摂性)の今後の道筋」をテーマに対談した。対談では、日本初の女性首相誕生の可能性に触れたほか、政治やベンチャーキャピタル業界での男女間格差も指摘した。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

「Tech for Impact Summit 2025」に登壇した
キャシー松井氏(中央)と中島里華氏(右)。
クレリオ・ビジョン社のアレックス・ザペソチニーCEO(左)がモデレーターを務めた

アジア最大級のテックx SDGsサミット「Tech for Impact Summit 2025(テック・フォー・インパクト・サミット2025)」が2025年10月7日、ソーシャス(東京・中央)の主催により都内で開かれた。本サミットに登壇した米経済学者のキャシー松井氏は、高市早苗氏が4日に自民党新総裁に選出されたことを受け、「日本の歴史、特に政治史において非常に歴史的な瞬間」とコメントした。

松井氏は中澤氏とともに、本サミットの「DEIの今後の道:政治、抵抗、そして可能性」と題する対談(英語)にパネリストとして登壇した。

キャシー松井氏は、経済における女性のパワー「ウーマノミクス」を提唱したことで知られる経済界の女性リーダーの一人だ。ゴールドマン・サックス証券の副会長などのキャリアを歴任し、日本初のESGに特化したベンチャーキャピタルファンドであるMPower Partners(エムパワー・パートナーズ、東京・港)の共同創業者だ。

中澤氏は、フォーブス誌の「50 Over 50」のイノベーション分野に選出されるなど国際的なビジネスウーマンだ。取締役会への女性登用や女性起業家の支援にも携わってきた。

■「型にはまらない人物」が頂点に立つことの意味は大きい

冒頭、高市早苗・自民党新総裁の誕生について松井氏は、「まだ彼女が首相になると決まったわけではない」と前置きしながらも、「型にはまらない人物が国家の最高位に就く可能性があることが非常に大きな出来事だ」とコメントした。

「特に重要なのは、高市さんは政治家の世襲ではないことだ。日本で世襲ではない人物が首相になる道は主流ではない」として、高市氏が両親の反対を押し切って4年制大学に進学したこと、そのため大学の学費を払うために懸命にアルバイトをするなど努力を重ねてきたこと、そして幾度も当選を果たして今の地位に昇り詰めたことを紹介した。

「高市氏の見解には、DEIコミュニティにいる私の友人からも批判的な声は聞く。私個人も、彼女の主張には同意できない部分もある。現時点で彼女はまだ首相ではないが、(首相になった後の)実際の行動が選挙の時の公約とどう異なるのかを見守る必要がある。これは世界中の政治家に共通することだ」(松井氏)

「政治的なスタンスに同意できない部分もあるが、率直に言えば、彼女の失敗する姿は見たくない。成功してほしい。なぜなら彼女が失敗した時、女性であることと紐づけて報じられるのが目に浮かぶからだ」(同)。

「これは、彼女を支持するとか支持しないという話ではない。まずは、彼女のような経歴の人が、多くの男性が到達できなかった政治指導者への道を昇り詰めたことを評価したい。その上で、政治的な安定を望む」(同)

「少なくとも高市氏は女性だ」はDEIの罠
「見えないものにはなれない」を切り崩せ
■スタートアップのジェンダーギャップはむしろ「魅力的な投資機会」
■世界で活躍する女性起業家たち
■DEIの真の目的は「包摂性の実現」

■「少なくとも高市氏は女性だ」はDEIの罠

中澤氏は「ビジネスの世界では、会社が崩壊寸前の時に、女性をリーダーに起用して立て直そうとする傾向がしばしば見られる」という調査結果を紹介した。

「これを、女性を失敗に追い込み、その後スケープゴートにしようとしているという、意図的な策略と主張する陰謀論者もいる。私もその可能性を否定はしない。ただ、型にはまらない人物を招き入れ、これまでと異なる行動を取るほうが、現状打破につながる可能性が高い。だからこそ、高市新総裁の成功を私も期待したい」(中澤氏)

また、中澤氏は、日本で勤務経験のある女性経営者から「高市さんに欠点はあっても、日本が女性指導者を迎える寸前にあることは素晴らしい」とのメッセージを受け取り、「これこそDEIの逆行だ」と感じたと話した。

「欠点があっても女性を登用することが重要だ、という考え方は、表面的な多様性でしかない」(中澤氏)

「『少なくとも高市氏は女性だ』という罠に陥らないよう、私たちは細心の注意を払う必要がある。なぜなら、(女性登用の)目標数値を満たしたり事例を示したりするために女性を配置するという考え自体が問題だからだ」(同)

■「見えないものにはなれない」を切り崩せ

「あらゆるジェンダーギャップのランキングで日本が常に低い位置にある。その大きな理由は、政治分野での女性リーダーが極めて低いことだ」と、松井氏は説明した。

「もしかすると今は少し改善されたかもしれないが、70年以上も前から、日本の衆議院議員の女性比率は10%前後で推移してきた。つまり、この国で最も重要な意思決定機関の男女比率が90対10であることだ。これが日本社会を反映しているとは私は思えない」(松井氏)

*注:2025年10月8日現在、衆議院議員は全465人中、女性72人と15.48%

「女性に過度に重きを置こうという話ではない。ただ、『見えないものはなれない』。この国の少女たちが、『ああ、この人が我が国の指導者なんだ』『この人が我が選挙区を代表する人なんだ』と仰ぎ見る時、そこに女性を目にする機会があまりないところに、ある種のシグナル効果があると私は思う」(同)

「高市新総裁について、女性だという事実を過大に評価すべきではないが、もし彼女が首相に就き、成功すれば、『おや、実際には日本にも女性首相がいるんだ』というのが事実となる。そしてその事実が広く社会に浸透していくことを心から願っている」(同)

「これまで、政界に入りたいと願う若い日本人女性に数多く会ってきた。国政レベルで政治に参加するのは非常に難しい。女性たちは政治に無関心ではない。多くの関与、怒り、失望、そして地域・社会を改善したいという強い思いが彼女たちにはある」(同)

「だから、これまで日本の政治分野に関わってこなかった人々を巻き込むきっかけになることも期待している。10対90という、私には非常に奇妙に思えるこの不均衡を是正することにつながってほしい」(同)

■スタートアップのジェンダーギャップはむしろ「魅力的な投資機会」

キャシー松井氏は、日本のスタートアップ業界でのジェンダーギャップにも触れた。松井氏によると、日本の起業家のうち、女性起業家は20〜30%を占めるが、スタートアップに配分される女性起業家への資金割合は全体のわずか2%(米国は4~5%)にとどまるという。

しかし、松井氏らが分析した結果、女性が創業したスタートアップは、男性起業家によるスタートアップよりも、エグジット(事業売却やIPO)までの期間が約3割短く、エグジット時の累積調達額に対する評価額が、1.5倍高かったという。

「女性起業家によるスタートアップは、資金調達額だけでなく、企業評価額も低い。つまり、割引価格で取得でき、プレミアム価格で売却できる可能性を秘めており、客観的に見ると魅力的な投資先だ」(松井氏)

エムパワー・パートナーズは2025年3月、東京都、三菱UFJ銀行、三菱地所、塩野義製薬からも出資を得て、日本初の女性起業家に特化したファンド「WPower Fund I(ダブルパワー・ファンド・1)」を設立した。

有望な女性起業家だけでなく、女性のエンパワーメントに資する事業を行う男性起業家も支援し、経済的リターンと社会インパクトの両立を目指す。

■世界で活躍する女性起業家たち

一人はアオキ・ムーア・アユミ氏だ。STEAM領域での女性のエンパワーメントを支援する「Women in Tech(ウィメン・イン・テック)」を創業した。父親が日本人で、「アオキ」「アユミ」と日本人の名前を持つが、ブラジル育ちで日本語を話さない。

STEAMとは、科学、技術、工学、芸術、数学の5分野を指す。「ウィメン・イン・テック」は、2030年までに世界の500万人の女子学生にSTEAM教育を届けることを使命に掲げ、各地に支部を続々と開設中だという。

もう一つが、ジェリー・エイブラムス氏だ。米シリコンバレーで「How Women Lead(ハウ・ウィメン・リード)」に続き、ベンチャーキャピタル「How Women Invest(ハウ・ウィメン・インベスト)」を立ち上げ、女性起業家が設立した企業への投資を行う。

松井氏は、「WPower Fund I」が出資したbgrass(ビーグラス、東京・渋谷)を紹介した。女性エンジニアを支援し、研修機会を提供すると同時に、就職マッチングの機会も提供する。多くの日本企業がSTEAM人材の多様性に関心を高める中で、同社は順調に成長しているという。

松井氏は、自身がアドバイザーを務め、女性起業家が勉強会やネットワーキングを提供するコミュニティ「Tokyo Women in VC(トウキョウ・ウィメン・イン・ヴイ・シー)」を紹介した。

■DEIの真の目的は「包摂性の実現」

最後に松井氏は、女性のリーダーシップや活躍支援は、「決して女性専用ではない。アライシップ(同盟関係)が重要だ」と強調した。

「過去のDEIの取り組みから、『女性専用』や 『黒人専用』の組織をつくること自体には意味がない。DEIの真の目的は、包摂性(インクルージョン)を実現し、人々を結びつけて障壁や偏見を乗り越えることだ」と締めくくった。

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

オルタナ輪番編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部、2024年1月からオルタナ副編集長。

執筆記事一覧
キーワード: #DEI

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。