広告制作過程のGHG排出量も見られる時代に

記事のポイント


  1. 「カーボンニュートラル」など環境メッセージを訴求する広告が増えてきた
  2. 一方、その広告の制作過程における温室効果ガス排出量も問われる
  3. 電通はGHG可視化をめざし、日本版の業界標準ツールの開発に取り組む

「カーボンニュートラル」など環境メッセージを訴求する広告やテレビCMが増えてきた。一方、その広告の制作過程における温室効果ガス(GHG)排出量も問われる。テレビCM1本の放送で排出されるGHG排出量は、英国と米国を8往復するフライトの排出量に相当するとも言われている。(サステナビリティプランナー=伊藤 恵)

広告制作の環境負荷をどう減らすかが業界の課題に

地球の平均気温が産業革命前より1.5℃上昇したという国連の発表が示すように、気候変動は待ったなしの状況にある。

企業がサステナビリティに取り組む理由は、もはや社会貢献の枠を超えた生存戦略だ。取り組まない企業は、投融資を受けられないといった経営リスクや、消費者や取引先から選ばれないブランドリスクに直面する。

広告やメディア業界もその責任からは免れない。企業活動の中でサプライチェーンに該当する「スコープ3」に分類される排出の削減を強化する必要に迫られている。

欧州や米国ではすでに、広告や放送業界で温室効果ガス(GHG)排出量の測定が進み、世界最大の広告祭・カンヌライオンズでは2023年から応募企業にCO₂排出量の提出が求められている。こうした海外の動きを背景に、日本でも脱炭素に向けた取り組みが加速している。

広告のGHG可視化へ、日本発のイニシアティブ

電通グループは、マーケティング領域の脱炭素化を目的に「Decarbonization Initiative for Marketing(ディカーボナイゼーション・イニシアティブ・フォー・マーケティング)」を2023年に発足。関連サプライチェーン内でのGHG排出量の可視化と削減を進める動きを本格化させた。

第一弾として、英国で広告制作のGHG可視化をリードする「AdGreen(アドグリーン)」と提携。日本版の業界標準ツール開発を見据えた協業をスタートした。先行している欧米の動向を見据え、日本でも同様の流れを独自の仕様で構築する狙いだ。

さらに、TBSテレビ、Booost(ブースト)、電通の3社が共同開発した「グリーンCM」は、テレビCM放送に伴うGHGを算出し、カーボンニュートラルを実現する新たな仕組みになっている。

CM制作時には、美術セットをCGで再現し、実写背景をスタジオ内で合成する「メタバースプロダクション」を導入。撮影に伴う移動や廃棄物を最小化し、スコープ3の排出削減を図る。

テレビCM1本の放送で排出される温室効果ガスは、英国と米国を8往復するフライトに相当すると言われる。こうした「見えない排出」を減らす試みは、広告主の脱炭素姿勢を可視化するメッセージにもなる。

デジタル広告にも広がるカーボンオフセット

ADKマーケティング・ソリューションズもまた、デジタル広告の脱炭素化に踏み出した。OpenX(オープンエックス)社の技術を活用した「ADKカーボンオフセット広告」では、広告配信時に発生するCO₂をリアルタイムで測定・相殺する仕組みを導入。

広告運用中の排出量を可視化し、クレジット購入によってオフセットを行う。インターネット広告は、サーバーやユーザー端末など膨大な電力消費を伴う。

直接排出(スコープ1・2)が少ないテック企業ほど、スコープ3にあたるこうした間接排出をどう減らすかが課題となる。ADKの新サービスは、排出量削減だけでなく、広告キャンペーンのパフォーマンスデータを解析し、次の配信設計に反映させる構造を持つ。環境配慮とマーケティング効率を両立させる動きが始まった。

広告やメディアの世界では、これまで話題性が重視されてきた。だが、これからの時代における評価軸は「環境負荷をどれだけ抑えたか」という新たな基準を避けて通れない。

脱炭素への取り組みは、単なるCSRではなく、クリエイティブそのものの在り方を変えるプロセスだ。撮影方法、配信設計、データセンターの電力効率など、その一つひとつの選択が、企業のブランド価値を左右する時代に入った。

広告やメディアが社会を動かす力を持つならば、いま求められているのは「伝える」だけでなく「減らす」クリエイティブである。

itomegumi

伊藤 恵(サステナビリティ・プランナー)

東急エージェンシー SDGsプランニング・ユニットPOZI サステナビリティ・プランナー/コピーライター 広告会社で企業のブランディングや広告制作に携わるとともに、サステナビリティ・プランナーとしてSDGsのソリューションを企業に提案。TCC新人賞、ACC賞、日経SDGsアイデアコンペティション supported by Cannes Lionsブロンズ受賞。執筆記事一覧

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