ITを駆使し自然体験効果の数値化に挑む

NPOネイチャーサービスの脳波測定プロジェクト

埼玉県坂戸市に本社を置くマーキュリープロジェクトオフィス株式会社(以下、マーキュリー)は、2002年にWEB制作会社として誕生し、現在は映像制作からシステム開発、コンサルティングまで幅広い業務を推進している新進気鋭のIT企業だ。マーキュリーでは、あるきっかけから特定非営利活動法人を立ち上げ、それを会社が支援・運営することで様々なユニークな活動を展開している。マーキュリーの社長でありNPOの代表でもある赤堀哲也さんからお話を聞いた。

赤堀哲也さんとネイチャーサービスのメンバー(長野県 信濃町)

IT企業が設立した自然体験推進NPO

「マーキュリー暗黒時代があったんですよ」と赤堀哲也さんは、ネイチャーサービスを立ち上げるきっかけとなった出来事について語ってくれた。多忙を極めていた2008年から2010年の間に3名の社員が続けて心を病んでしまったのだ。

「社員が鬱になり仕事から離れてしまうことは、企業にとって大きな損失です。経営者としても大きな責任を感じました」と当時を振り返る。心の問題を調べていくと、自社だけの問題ではなく社会的に大きな問題であることがわかった。

「社員の心の健康問題『メンタルリスク』は、財務リスクや法務リスクと同じように経営の大きなリスクです。鬱になってしまってからは医師の領分ですが、なる前(未病)に何か手を打てないだろうかと考えました」

そんなときに社員から「同じように働いているのに、なんで社長は鬱にならないんでしょうね」という質問があった。赤堀さんにはカヤックやキャンプ、ツーリングなどの趣味があり、忙しい中でも時間をつくって自然に親しんでいた。そのことを話すと「もしかしたらそれじゃないですか」と社員から指摘があった。赤堀さんは、「なんで君たちも自然の中で遊ばないの」と聞くと「だって道具を持っていないし、仲間もいないし、きかっけもない、やり方もわからないから」という答えが返ってきた。では、普通の会社員が、もっと手軽に自然と親しむ機会をつくれば、鬱になることを防ぎ、ひいては社会問題を解決し、社会貢献ができるのではないかと考え、2013年にNPO法人ネイチャーサービスを立ち上げた。

ビジネスとして成立するNPOを

「己を滅し続けて活動するような単なるボランティア団体ではなく、社会の役に立ちながらもビジネスとしてもしっかり成立するようにしなければ長続きしないと思ったんです。当時、ソーシャルエンタープライズという言葉が私の心に突き刺さっていました。そこで、ソーシャルベンチャーとして、会社以外からも仲間を募ってNPOを立ち上げました」

こうして生まれたネイチャーサービスは、NPO法人として3つの活動と3つの事業を展開している。3つの活動とは、「自然に入ることを、もっと自然に」をスローガンに人と森が健康になる活動やイベント運営する「Forest」、ソーシャルメディアを利用して仲間を集い、現地集合・解散で一人ではちょっとできない世界冒険の旅を実現する「World Traveler」、気象観測用気球を利用し、成層圏までお手製の撮影用宇宙船を打ち上げ回収する親子イベントを企画する「Space」だ。森林だけに限らず、全世界から宇宙までもフィールドとしているのが新しい。

そして「企業や行政向けのイベントやエコツアーの企画立案」、「キャンプ場の指定管理」、「自然体験コンテンツを提供する側の人に向けたインターネット学校 Nature Service University」の3つの事業を実施している。これらの事業で得た収益は、ネイチャーサービスの活動に使われる。助成金や支援金だけに頼らず、ソーシャルベンチャーとしてNPOの活動を成立させている。

ネイチャーサービスが再生に取り組む「やすらぎの森オートキャンプ場」(長野県 信濃町)

自然体験の価値を科学的に証明したい

ネイチャーサービスには、この他にネイチャーサービスLABという組織があり、お得意のITを駆使し、脳波を測定することで自然体験の価値を実証しようとするユニークなプロジェクトを立ち上げている。

「2016年8月に厚生労働省が『働き⽅の未来2035』というコメントを出していて、その中で『ITの進展によって、働く場所の制約がなくなると、地方において、豊かな自然を満喫しながら、都市に住むのと同じようにクリエイティブな仕事ができるだろう』と述べられています。また、近代医学の父であるヒポクラテスも『人は自然から遠ざかるほど病気に近づく』と言っています。まさにネイチャーサービスが実践していきたい方向と合致していて、自然体験で働く人が健康になり、生産性や創造性をさらに向上させていくことができればと考えました」

そこで、キャンプ場の指定管理を委任されている長野県信濃町で地域おこしとして信濃町の自然を活用した自然体験を、企業に向けたセミナーやトレーニング、働き方として提案していきたいと考えた。しかし、企業に打診してみると自然体験が素晴らしいのは感覚ではわかるが、本当にいいというエビデンスがないと予算を付けることは難しいという意見が返ってきた。

「それまでも自然体験をした人からアンケートを取ったりしていたのですが、アンケートってその人との関係性や質問の仕方によっていかようにもなってしまうところがありますよね。そこで自然体験の素晴らしさを科学的に証明できないかなと考えて、たどり着いたのが脳波測定だったんです」

赤堀さんは、さっそくネイチャーサービスLABでプロジェクトチームを結成。市販のワイヤレス簡易脳波測定器を使って、自然体験前と後の脳の状態を調べ、得られたビッグデータを解析することで、自然体験の効果を科学的に判断できるデータとして活用しようとしている。
こうしてスタートした脳波プロジェクトには、産業医やビッグデータ解析の専門家、プログラマなど多彩な人材をメンバーに加え、信濃町の人たちの協力も得て実証実験を開始している。

脳波プロジェクトの実証実験(長野県 信濃町)

森林の価値を企業に強くアピール

この脳波プロジェクトは、始まったばかりで現在は脳波解析プログラムの開発を進めている段階。成果が出るのはまだ先のことだ。しかし、自然体験の効果がデータとして得られれば、企業を動かす大きな力になるだろう。また、企業が積極的に地方での自然体験を実施するようになれば、地域おこしにもつながる。私が森づくりのNPOと関わりを持ち始めた2009年頃は、地球温暖化防止のための二酸化炭素吸収源としての森林がキーワードになっていて、企業もカーボンオフセットの取得に力を入れていた。それが東日本大震災以降、地球温暖化という言葉はあまり聞かれなくなった。ネイチャーサービスが実証しようとしている、企業で働く人の心身の健康や、さらに踏み込んだ生産性や創造性の向上というキーワードは、企業にもういちど森林整備の価値を認識させることになるだろう。

ネイチャーサービスの活動は、日本の自然環境に関わるNPOとしてはユニークなものだ。設立当初からソーシャルベンチャーとしてしっかりと経営を考えている点は他のNPOも見習うべきだろう。最新のITの導入や様々な専門家との連携にも赤堀さんの手腕が光る。企業がNPOを設立することで、課題解決に向けて社会的な責任を果たしていこうとしている姿勢にも好感が持てる。今後の活動に大いに期待したい。

ネイチャーサービスでは、長野県信濃町で「脳波測定による、自然体験が寄与する企業経営課題解決への実証実験」に参加してくれる企業を広く募集している。興味をお持ちなら、一度コンタクト(リンク)してみてはいかがだろう。

NPOネイチャーサービス

ネイチャーサービスLAB

(写真提供:NPO法人 ネイチャーサービス)

フリーランスのコピーライター。「緑の雇用担い手対策事業」の広報宣伝活動に携わり、広報誌Midori Pressを編集。全国の林業地を巡り、森で働く人を取材するうちに森林や林業に関心を抱き、2009年よりNPO法人 森のライフスタイル研究所の活動に2018年3月まで参画。森づくりツアーやツリークライミング体験会等の企画運営を担当。森林、林業と都会に住む若者の窓口づくりを行ってきた。TCJベーシッククライマー。

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