事業仕分けで林野庁解体論

行政刷新会議の特別会計を対象にした事業仕分け第3弾では、国有林野事業特別会計も俎上に載せられた。その結果、「一部を廃止し、負債返済部分は区分経理を維持」となった。だが、特記事項として「林野庁解体論」が複数の評者から出されたという。

なにしろ平成10年に3,8兆円に膨らんだ赤字のうち2,8兆円を国債に振り替えて、1兆円だけを50年間かけて返済するという救済処置が取られたのに、今やそれが1,3兆円にも膨らんでいるのである。このまま林野庁に任せておけないという気持ちもわからないではない。

もっとも案として出されたのは「債務処理以外を環境省や国土交通省(林道等)に移管」するとか「環境省と国土交通省との業務の見直し(合併を含む)を行う」などといった大雑把なものである。しかし森林管理は、環境省や国交省の手に負えるほど簡単なものではない。山を甘く見すぎている。

実は私も、省庁再編の中で林野庁をどのように組み入れられるか考察したことがある。それを改めて整理して紹介したい。

まず、国有林のうち保護指定を受けている森林(森林生態系保護地域、森林生物遺伝資源保護林、林木遺伝資源保存林、植物群落保護林、特定動植物生息地保護林、特定地理等保護林、郷土の森など。そのほか環境省所管の自然環境保全地域や原生自然環境保全地域も含む)は、やはり環境省に移管するのが適切だろう。全体で約80万ヘクタールと国有林の1割以上の面積になる計算だ。

ただし、現在の環境省の人員でこれらの森林を十分に管理する能力はない。そこで環境省に森林局を新設し、ここに組み入れたい。そして必要な人員は林野庁から移属する。彼らはプロとして各森林を目的に沿って最適の状態に維持するのが仕事だ。

保全と聞くと、人が手を入れないことと勘違いする向きがあるが、そうではない。常に適切な管理が必要なのである。もちろん原生林をあるがままに残すべき場合もあるが、それは一部だろう。放置すれば、現在の貴重な自然が変移してしまう森林も少なくない。

何をすべきか見極め施業する担当は、高度な専門職となる。だから現場で働く人々は、基本的に転勤をなくす。永く同じ森と向かい合ってきた人間でなくては不可能だからだ。

一方で国有林でも木材生産を行う人工林部分は、公務員による経営は無理だ。民有林、公有林を含んだ流域単位の森林経営を行うため、都道府県などに有識者やステークホルダーが参加する委員会を設けて管理を委譲し、実際の施業は地元の民間業者(森林組合を含む)に委託するのが望ましい。

ただし技術研究および政策研究に必要な森林は、引き続き直接林野庁が所管するべきだろう。主に人工林地域になるだろうが、新たな施業方法を実験する場だ。

さて、国有林から切り離された林野庁はいかにあるべきか。 私は、政策提言官庁になってほしいと思う。そもそも自らが経営に失敗して作った赤字に苦しみながら日本の林野政策をつくっても嘘っぽい。国有林の軛から離れて、初めて客観的に日本の森林のあるべき姿を語れるのではないか。

いや、正確に言えば林野行政だけでなく、河川流域や山村・中山間地集落への目配りも欠かせない。これらは一体として「地域」を形成するのであり、森林だけを切り離して考えるべきではない。

そこで森林総合研究所だけでなく、国交省所管の道路・建築・砂防関係、さらに農水省所管で農山村集落を扱う研究機関とも連携した体制を作って山林河川一体化した政策づくりに取り組んでほしい。

日本の国土は、大半が山岳林野地域である。森林率67%という数字は、世界有数であり、日本が森林大国であることを示している。また戦後の短期間に人工林面積を約2倍の1000万ヘクタール以上に増やした点も、森づくりの誇るべき成果である。

これらの地域に目を向けた政策づくりを忘れては、日本は成り立たない。森づくりから治山・砂防に始まり、林産物生産とその流通、そして山間社会の経済まで全体を見通した政策が求められている。

だから、ここに示した私案は、実は林野庁解体ではない。森林を通して日本社会を再構築するための「大林野庁」の設立である。

そろそろ事業仕分けから一歩踏み出して、社会全体の仕組みづくりに目を向けて欲しい。

(森林ジャーナリスト 田中淳夫)

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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