元競泳五輪選手が生理に悩む女性アスリートを支援

競泳の元五輪選手の伊藤華英さんが中心となり、女性アスリートが抱える「月経」に関する教育・情報発信型プロジェクト「1252project」を立ち上げた。スポーツ科学博士でもある伊藤さんはこのほど、コロナ禍をきっかけにはじまった、若いアスリートを競技横断で支える組織、一般社団法人「スポーツを止めるな」の理事に就任。プロジェクトではセミナーの開催やオンラインでの相談窓口の設置などを行い、これまで話題に上りにくかった生理が女性アスリートの身体とメンタルに与える影響への正しい理解の普及、問題解決に挑む。(寺町幸枝)

競泳の元五輪選手の伊藤華英さん

日本のスポーツ界向上に必須の学生支援

3月8日の「国際女性デー」を前に、一般社団法人「スポーツを止めるな」(以下スポ止め)が発表した新理事の就任と、新プロジェクト立ち上げのニュースは、瞬く間に各界から注目を集めた。すでに、プロジェクトへの参加を希望する組織や個人から続々と賛同の声が集まっているという。

理事に就任した伊藤華英さんは競泳引退後、スポーツ科学の分野で研究を進め、特に女性アスリートの身体の問題について長年、研究と発信を行っている。詳しい話を聞いた。

――「スポーツを止めるな」に関わるきっかけは。

10年以上、ラグビーファンとしてラグビーやラガーマンと関わってきた。2019年のラグビーワールドカップでドリームサポーターを務め、スポ止めの代表理事たちともその頃から交流が深まった。スポ止めの活動には、立ち上げ当初から賛同者の一人として関わるようになった。信頼関係があった上に、さらに踏み込んだ活動への支援をしたいということから理事に就任した。

今後、日本のスポーツの価値を高めていくためにも、こうした学生アスリート全体を多角的に支援する組織というものは必須であると感じている。




アスリートが立ち上げた「1252プロジェクト」

――「1252プロジェクト」とはどんな活動なのか。

女性の学生アスリートが生理や身体の変化について正しい知識を身に付け、もっと自分らしく競技と向き合える環境をサポートするためのプロジェクトだ。教育や医療の専門的、科学的知見を共有するプラットフォームを構築するだけでなく、学生アスリートが気軽に相談する場所を提供し、さらに指導者や保護者に対する情報発信ができる環境を整えることを目指す。

1252とは1年間=52週のうち、女性は約12週が生理による体調変化や不調を感じていることを象徴する数字をプロジェクトの名前に当てた。今後は信頼できる医師との連携を図ることも準備している。まずは若い女性学生アスリートたちが、自分の身体についてきちんと理解し、生理と向き合うことを推進する。

――スポ止めにおいて、このプロジェクトを立ち上げたきっかけは。

大学や高校の指導者たちから、女性アスリートの身体的な問題について支援しきれていないので、支援活動があるとありがたいという声を聞いてきた。学生たちの権利や権限というものを大事にしてあげたいという思いが強い。ライフワークとして1252プロジェクトを立ち上げることを考えていたが、今回スポ止めの一環としてプロジェクトを推進することで、スポ止めの関係者からも支援を受けられる上、学生アスリートへもリーチが広がると考えた。

男女の身体的差異への知識が競技力を高める

――海外のアスリートとの出会いで、この分野において日本と差異を感じた経験は。

現役選手だった16歳の頃、ドイツの水泳選手からピルを飲んでいないことに驚かれた。海外では初潮を迎えると婦人科を受診し、トップアスリートを目指しているとピルの使用を勧められるようだ。ハイパフォーマンスを出すために、月経に左右されず身体のコンディションを整える方法を身につけている例だと言える。

2017年に、スポーツの専門媒体である「Number」に私が寄稿した「女子選手が必ず直面する思春期問題」が大きな反響を読んだ。自分としては当たり前に思っていたことを口にしたことが、実は多くの人が暗黙の了解として話してはいけないことだと思っていたと考えていたことに驚いた。

ロンドン五輪でジェンダーギャップ指数がゼロになったとしても、女性アスリートが抱える課題はまだあると感じるきっかけともなった。もっと多くの女性にスポーツ界で活躍してほしいと思うし、またスポーツをやらなければよかったと思わないでほしいと思っている。女性の身体的弱者である部分を多くの人が理解し、また男女の身体的差異を知ることが、競技力を高める方向に繋がると考えている。

――日本の女性学生アスリートの抱える問題とは。

女性学生のおよそ7割が月経に関するトラブルを「放置している」傾向があると言われている。特に若い女性たちは月経・生理のトラブルも「お腹が痛い」といった程度で、重大なものとして捉えにくい。しかし10代の体調管理次第で、将来もっと大きな身体的トラブルに陥る可能性がある。

生理の問題は触れられたくない話題であることは確かだ。また症状が人によって全く異なるため、サポートの必要・不要などは千差万別だ。そういう面で、このプロジェクトの扱いは難しい。

だが10代で初潮を迎え、中にはまだ毎月生理が来ることへのギャップに悩む学生アスリートたちもいる。そんな彼女たちに、身体的変化や早めのトラブル対処の重要性を共有することで、最終的には婦人科へのアクセスを気軽にできるようにしていきたい。

10代の女性が婦人科に行くと、未だに「妊娠しているのではないか」と言った疑いの目でみられることが現実には起きている。そのような偏見も変えていきたい。初潮が起きた時から、婦人科とのコミュニケーションを頻繁に取るという意識を持てるようになってほしいと考えている。

世界の選手と闘う女性アスリートになることを意識した際に、月経との上手な付き合い方や体調のコンディションニングについて正しく理解すれば、より可能性を広げることができるのではないかと思っている。

「学生時代のスポーツのあり方というのは、人生に非常に大きく影響すると思う」と話す伊藤さん。そのためにも、1252プロジェクトは「丁寧に」進めていきたいという。こうしたイニシアティブが、社会の環境を一気に変えることがある。女性学生アスリートたちが、自分の体調が悪いことを我慢しないでもいい環境を作り出すためにも、女性たちが頼りにできるプラットフォームの早期構築に期待したい。

teramachi

寺町 幸枝(在外ジャーナリスト協会理事)

ファッション誌のライターとしてキャリアをスタートし、米国在住10年の間に、funtrap名義でファッションビジネスを展開。同時にビジネスやサステナブルブランドなどの取材を重ね、現在は東京を拠点に、ビジネスとカルチャー全般の取材執筆活動を行う。出稿先は、Yahoo!ニュース、オルタナ 、47ニュース、SUUMO Journal他。共同通信特約記者。在外ジャーナリスト協会(Global Press)理事。執筆記事一覧

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