レッドリストの事件記者

 中は薄暗く室長が本を読んでいる枕元だけが明るい。一気に室内に踏み込む。気づいた室長が「だれだ・・・」と言いかけたが、有里ちゃんが素早く花束を顔に押し付けた。
「新聞社の者です。少しだけお話を伺わせてください」福さんは落ち着いたものである。
「失敬じゃないかね。私は病気なんだよ」怒気を含んだ室長の声が返ってくる。
「仮病だとわかっている。皆さん、事件の真相を知りたいんですよ」
「何を勝手なことを」
「責任を押し付けられた社長室の若手社員が自殺しましたねかわいそうに。彼の奥さん、どんな気持ちですかね」
「私だったら、絶対にあなたを許しません」突然、声をあげたのは有里ちゃんだった。室長は目を伏せる。ようやく観念したようだ。
「私だって、辛いんだよ。会社を守らなくちゃならないんだ」
「わかります。あなたの立場も十分理解できる。でもね、こうなったら真実を話すしかない。それが社長室をあずかるあなたにふさわしい態度じゃないですか」
 室長は、わかったと言って、質問に答え始めた。知らないことも多く、真相が次第に明かされていった。
「長時間、ありがとうございました、室長。最後に写真を1枚」私がシャッターを切る。
「ちょっと待って。写真は困る。パジャマ姿じゃあ」
「いえ、お会いした記念です」と福さん。「堂々としてください。こそこそすると格好悪いですよ」

 病院を出るとすぐ本社に上がった。社会部のブースがどよめいた。オーイ誰か、酒を買ってこい。福さんが吠えている。
 翌朝の朝刊1面にスクープが載った。社長室長は気弱な表情ながら笑みをたたえていた。室長は社長ともども贈賄と業務上横領の容疑で逮捕され、事件は政界、官界を巻き込む一大スキャンダルに発展した。
「あの取材は強引だったわね。でも、兄は全力で巨悪に立ち向かったのよ」有里ちゃんは涙を拭いた。「そうそう、あの後、兄ったら痛風の発作で入院したのよ。例のあの病院に」
 ジャーナリストもすっかりスマートになり、福さんの武勇伝も今は評価されないかもしれない。しかし、記者の神髄は真実追求だ。そこへまっすぐに進んでいけたあの時代。私たちは幸せだった。そう思う。(完)

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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