
「この仕事は私に向いているのか」。誰もが働きながら抱く問いだろう。その問いに向き合うことを手伝う「ビジネス・コーチング」という職業が登場している。山口由起子さん(30)は、2009年からこの珍しい仕事をする。そこから見える働く人の姿はどのようなものなのか。
「お金以外の価値を考え、自分に大切なものを見つけようというまじめな方が多いですね」。コーチングを受ける人の姿を山口さんはまとめた。彼女はほんわりと柔らかい印象を受ける女性。そのためかコーチを受けに訪れる人は「ギラギラ」とした人は少ないそうだ。
精神科医のように心の闇に向き合うのではなく、前向きな人生設計にかかわる。セッション(話し合い)を通じて陥りやすい思考パターンや抱える問題を聞き、整理する。すると「多くの方が自分で答えを見つけます」という状況になる。
これまで100人ほどにコーチを行った。男女比は半々で、30代から40代が中心だ。起業したい人、自ら会社を経営する人、会社での立場を考え直す人など相談者の背景はさまざまだが、仕事を持ち、やや高収入とされる人が多い。「稼ぐことはできるけれど、プラスアルファのやりがい、そして何かで社会の役に立ちたいという方です」。
仕事は偶然から始まった。山口さんはベンチャー企業子会社の役員などを勤めた後で、08年秋に独立して財務アドバイスなどの仕事をしていた。その際に知人から、アジア出身でソフト開発会社の30代の経営者を助けてほしいと紹介された。この会社は急成長のため混乱状況にあった。コーチングの経験はなかったが、話し合いを通じて問題を整理すると、その相談者の会社は成長軌道に乗り始めた。それからこの仕事を始めると、インターネットや口コミを通じて相談者が増えていった。
相談内容は千差万別だ。経営が行き詰ったIT会社の経営者との相談で、山口さんは会社の強みと進むべき方向を引き出した。すると社員が自発的に働き、業績は回復。イラストレーターには個性を活かした絵を描くことを勧めたところ、その人は展覧会に出展するなどして活躍。また家庭と仕事の両立に悩む主婦には、やりたいことの発見を手伝い起業へと導いた。
「自分と社会のために、何かをしたいと言う人はたくさんいます。きっかけがあれば、そうした人々が動きだすのではないでしょうか」。これがコーチングを通じて山口さんが感じる働く人の今の姿だ。
雇用不安や心の疲れなど、働き方をめぐる暗いニュースが日本にあふれるが、それは表面的なもの。多くの人がまじめに、前向きに頑張っているのが、日本の働き方の本当の姿なのかもしれない。(オルタナ編集部=石井孝明)2011年1月31日